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ロブソンは本当は魯武存という。
外に出された看板には、このいかつい店名と、なぜか歯の折れた高下駄の絵が描いてある。
字面が怪しければ縁起も悪そうなこんな店、普段なら絶対に入らない。だというのに、その日つい入ってしまったのは多分に寂しかったせいだろう。
私はめげていた。
新卒から五年いた支社から本社へと異動したばかりの職場にも、家族も友達もいない一人暮らしにもめげきって、疲労と孤独に追い込まれるあまり、やぶれかぶれでドアを開けてしまった感じ。
「はぁい、いらっしゃぁい」と迎えてくれたルミコさんに「この辺りの方?」「お仕事なにされてるの?」とコロコロ聞かれるまま素直に答え、答える合間にオムライスを平らげ、「もう閉店だけど、よかったら付き合ってよ」と言われるままお酒を飲み、すっかり酔っ払ってしまった私は「もう、めげてるんですよぉ」とカウンターに突っ伏したのだった。
「でも栄転でしょ?立派なことじゃない」
癇癪まじりにクダを巻く私をルミコさんは優しいお母さんみたいにたしなめる。
ご相伴にあずかったのは鳥取の日本酒で、私の倍は飲んでいるのに、ルミコさんは顔色ひとつ変わっていない。
「私そんな器じゃないんです。本社勤務なんてエリートばっかで全然ついてけない。そもそもずっと地元にいるつもりであの会社に就職したのに、アテが外れちゃったんです」
「そりゃそうよ。人生なんてアテが外れて当たり前。私もいい歳だけど、思い通りになんていった試しがないもの」
「えぇ?嫌だぁ、そんなの」
「嫌でもそんなもんなのよ。人生は外れて転がるもんなのよ」
不思議なもので、ルミコさんにそう言われると、そうか、人生ってそんなもんか、とすんなり腑に落ちた。
次の日もお店に行くと、ルミコさんは「ここね、ジョエル・ロブションにあやかってロブソンって名前にしたの。どうせなら気迫がほしくて漢字にしたわ」と真面目な顔で語った。また別の日のルミコさんは「今朝獲ってきたの。私、素手でイノシシを仕留められるのよ」とボタン鍋を出してくる。
そんなルミコさんにすっかりなついた私は、今や毎日のように閉店間際にお店を訪ねている。
ロブソンはロブション並とはいかないまでも町の人気店ではあり、ルミコさんとおしゃべりを楽しむにはその時間がベストなのだった。
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