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EP 11
俺の弁当を覗き込んだ繭香が、口をひん曲げて、はあぁとため息をつく。
「おさすがですねぇ。美味しそーじゃん」
そして、繭香がかぱっとフタを開けた。
全体的に茶色いが、まあなかなかの出来だ。
「なあにい、どういう風の吹きまわしかしら?」
ニンジンを引っこ抜きながら、華副社長が話しかけてくる。
「ほんとそれ」
「たまには良いだろ」
弁当に箸をつける。
良い天気だ。畑の土の匂い、太陽の陽の光、ゆるやかに吹く風を肌に感じていると、急に意識が覚醒するような感覚に陥ってくる。
自分で作った玉子焼きも、いつも通り美味くできているのは当然だけど、この日は格段に美味く思えた。
だから勇気も出た。ゴクリと唾を飲む。
「ま、繭香の玉子焼き、ひとつ交換して」
繭香の手料理なんか食べることができたなら。ドキドキしながら返事を待つ。
すると、弁当を持ち上げて、すっと少し離れていってしまう。
あ、あれ?
「嫌だよ。八千穂の方が絶対美味しいもん」
「そ、そんなことねーだろ」
「そんなことありますー」
「ひとつくらい……ほら、俺のやるから」
俺が玉子焼きを箸で挟むと、繭香は弁当をさらに遠ざけた。
「嫌っていってんの。これ焦げて失敗したやつだから」
「別に焦げてても良いって」
「しつこいよ!」
「食べたいの!」
ぴたっと繭香の動きが止まった。しまった。本音が。
すると、するすると離していた弁当をそろりと戻してくる。
「……食べたいの?」
もうヤケクソだ。
「食べたい食べたい食べたい」
「わ、わかったわかった」
そう言って、玉子焼きを一切れ、箸にぶっさしてくれた。
あーん……はさすがに無理か。
「お返しに俺も一切れやるよ」
弁当箱へ運ぶ。
これはまさに、間接的に……やば恥ずだが、嬉しい。
そしてお互いにお互いの玉子焼きを口に入れた。
繭香の怪訝そうな表情。大丈夫だ、不味いわけがない。今日の玉子焼きは格別に上手くできたはず。
もぐもぐとお互いに沈黙。
けれど、ごくっと飲み込むと二人、くくくと笑い始めてしまった。
「味付けの趣味合わねーな」
「八千穂の甘あっっ」
「繭香のは大人の味がする」
「それがコゲだっつーの」
ふっと吹き出して笑った。
笑ったよ! 見て! しつこいって?
だって、俺の前で1ミリも笑ったことないんだからな、こいつはさ。だから大収穫だよ、今日は。
そんな俺たちを見て、華副社長が笑いながら、「なんだかんだってやつねー。そこのお二方、ニンジンいるー?」
華副社長がニンジンを太陽へと向かってかかげたのが、JAかなんかのCMみたいに眩しかった。
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