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EP 16
「はあはあはあマジきっちーな」
俺はスーパーの駐輪場に自転車を置き、店内へと入った。早く行かねば、売り切れてしまう。足早に生鮮野菜コーナーに突入する。もしこれで売り切れたりしてて手に入らなかったとなると、せっかく1時間もかけてチャリで飛ばしてきた、その苦労が水の泡と化してしまう。
「急げ急げ急げ」
と、そこで声がかかった。
「おーい、八千穂くんじゃない?」
声のする方へと振り向くと、会社の事務の女の子が手をフリフリしながら駆けてくる。
「あ、酒向さん」
ネットショップ『indigo blue』には、事務員の女の子が4人いて、その中でも飛び抜けて女子力高しが、酒向友美さんだ。
いつも髪を縦にくるんと巻いていて、ツケマはいつだって盛り盛りで、まばたきする度にバチバチと音でもしそうなくらいだ。クレオパトラ並みにアイラインをキュキュッと引いていて、長い爪でPCを器用にパチパチ操っている。
「こんなところで会うなんて、珍しいねっ」
しゅたっと腕に両腕を巻きつかせてくる。
「それな。まあ俺、いつもはこんなとこまで来ないからさ」
俺は角が立たないように、するりと腕を引き抜き、これ見よがしにならないよう、自然な振りでカゴを持ち替えた。
「だよね? 八千穂くん、遠山方面だったよね? お弁当の買い出し?」
「うん、あいや、そう、なんだ」
曖昧な返事になってしまった。某アニメとのコラボコーヒー缶を買いにきたなんて、ちょっとだけ白状しにくい。
(色々買い物して、その中に紛れ込ませればいいもんね)
俺は買い物カゴで酒向さんとの距離を取りながら、その辺の棚にあるツナ缶を取って、カゴに入れた。
「八千穂くんってほんと料理上手だよね。男の人であそこまでできる人そうそういないから。私たちいつも感心してるもん」
実を言うと、俺は事務の四人衆には、少し苦手意識を持っている。表裏があるのを知っているので、繭香に話し掛けるようにフランクにできないし、いつも腕にまとわりついてくるのも正直、辟易しているのだ。
「あ、ありがとう」
だから、会話らしい会話などしたこともないし、返事も適当に返すくらいしかできない。食堂で食べる弁当の時間は、心底苦痛だった。
「ねえ見て」
酒向さんはカゴを掲げてみせた。キュウリ、レタス、ダイコン、ニンジンなどの新鮮な野菜がたくさん入っている。
「今日は煮物とサラダ作ろうと思ってて。メインを何するか迷ってるのよぅ。ねえ八千穂くんなら、豚肉の生姜焼きかソテーかどっちがいい?」
「俺はどっちも好きだけど……どっちかって言えば、生姜焼きかな……」
っと待て待て。ちょおっと雲行きが怪しくなってきた。
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