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EP 18
が、俺の我慢は限界にきた。
「酒向さん、実は俺もこれ目当てで来たんだ。俺もオタクだから」
「え、あ、そうだったの? ごめんなさい、オタクだなんて言っちゃって……八千穂くんも観てるなら、面白そう! ともみも観てみようかなぁ」
ころっと態度が変わったよ。それも本当にムカついた。酒向さんの顔が引きつったのを確認してから、腕をするりと引き抜く。そして、その手でコラボ缶をひとつ取った。
「そうだったんか! じゃあ八千穂には頼めないなぁ」
絶妙に重苦しい空気を破るかのような香山チーフの声で、俺は個数制限があることを悟った。
「あ、いいっすよ。2缶まで? 俺の、あげます」
「八千穂、悪いからいいよ」
ようやく繭香。
「いや、だって別に……」
コラボ缶目当てと言ってしまった手前、本当は繭香のためにチャリで爆走してきたなどとは言えなくなってしまった。その場でまごまごしていると、
「香山チーフ、もういいですよ。4缶で十分なんで。行きましょう」と、香山チーフの腕を取って引っ張っていこうとする。
「え? いいの?」
「いいんです。レジ、会計しましょう」
「そうか……じゃあな八千穂くんと酒向さん」
「ちょっ待っ!」
ためらいながら手をひらひらと振る香山チーフを連れて、プイッと行ってしまった。
ちょっと待てよ! ってか、なんで二人一緒なんだよ。あーーイライラする。
「ええぇ、まさかあの花崎さんが香山チーフと付き合ってるだなんてねぇ」
酒向さんの言い方にもイラッときて、俺はつい反論してしまう。
「付き合ってないでしょ」
「だって休日に二人で買い物だなんて、もう恋人同士じゃん?」
「俺らみたいに偶然会ったのかもしれないし」
さらにイライラが募っていく。
「ってか花崎さんのジャージ姿、ちょう似合ってるね。かっわいー⤴︎」
「悪いけど、もう帰るわ」
コラボ缶を2缶手に取り、カゴに入れた。
「ええぇ八千穂くーん。ともみと一緒にごはん食べよーよぅ」
甘ったるい声がさらに神経を逆撫でする。このままだと逆鱗に触れて爆破してしまいそうなので。
「悪いけどいいや。俺の方がぜってえ料理上手いから」
「え、ちょっと八千穂くんっ! じゃあ八千穂くんが作ってよー。私、八千穂くんの手料理食べたいな♡」
「じゃあね」
待ってよーとの声を耳に入れないように、ずんずんとレジへと向かい、ツナ缶とコーヒー缶を買って、店を出た。
「くそっ」と、チャリの前カゴに買い物袋を入れる。
その時。
駐車場から一台の車が出て行くのに目が止まった。運転席には香山チーフ。そして、助手席には……と、と、と、いや香山チーフの陰になって、よく見えないー。
(もしかして、これから一緒に香山チーフの家に行って……メシ食ってテレビでも観てキスとかセッ……うぐわあああぁあ、イヤだあああぁああ)
悶絶。発狂しそうになる。嫉妬で吐きそうなくらいに。繭香を取られてしまう。取られたくない。
悔しいから認めたくないけれど、香山チーフはイケメンでハイスペなのは間違いなくて。事務の四人衆はもとより、総務や営業なんかの女子が、バツイチな香山チーフへと照準を合わせていると聞いている。
「まずいまずいぞ……このままじゃ、」
俺は震える手ですぐさまスマホを取り出し、『花崎繭香』をタップした。
プルルルと発信音。けれど、繭香は出ない。
(なんだよ出ろよ! 頼むから出てくれ!)
発信音は虚しく、響くだけだった。
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