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EP 4
今から商品を変えるのであれば、当たり前だがリサーチもやり直し、企画書も一から書き直さねばならない。私は、引っかかるものを感じながらも、そのまま上へとあげた。
けれど。
ダメだった。企画書がまず通らなかった。
(八千穂の言う通りだったな……悔しい)
やはりガス火のみという点を指摘され、『可愛い』だけの理由は説得力に欠ける、で却下。
社員のみんなが帰った後、電気を落としたオフィスでひとり、PCの前で落ち込んでいると、
「はいこれ」
後ろを振り返るとを八千穂の手にはコーヒー缶。某アニメとコラボしたやつだ。
「おまえこのアニメ好きだったよな?」
「……う、ん」
「おつかれさん。企画書、残念だったな」
八千穂の顔が見れなかった。申し訳ないと思うけれど、コーヒー缶を受け取ることができなかった。
胸の痛みと同時の、悔しさにまみれていく。
(どうせ自分の予想通りの結果だって思ってるよね)
そう考えてしまうのだ。八千穂の圧倒的才能を前にして、とにかく先に反発心がまさってしまう。私の中核には嫉妬という名の闇。それを隠すための虚勢。虚しくなるけど、どうしてもそんな自分を変えられない。
「もういい。『チマチマ』は諦めた。次はヒット商品出す」
「……ふーんまあ頑張れば」
「今度はインテリア関係で……探す」
「いいんじゃないの……ってかさ、あんま落ち込むなよ。彼氏にでもヨシヨシしてもらえば元気になるんじゃねーの?」
八千穂の急な話題転換に、私はムッとしてしまった。仕事でも弁当作りでもあんたに勝てないのに、今度は恋人の有無でマウント取ろうってわけ?
「はあ? 今そんな話してないじゃん! 彼氏がなんだってのよ? 関係ない話、しないでよね」
「関係はねえけど興味はある……で? いるの? 彼氏? ってかいねえよな。そんなウワサ微塵もねえし」
「はあ? それこそ八千穂! あんた私に興味なんてこれっぽっちも無いくせにバカみたい。私はねえ、彼氏とイチャイチャなんて、そんなことにかまけてる時間なんてないの! あーはいはい八千穂は女の子とイチャコラしてていーよ! その間に戦績積み上げてやるんだからね」
八千穂が眉間に皺を寄せて、コーヒー缶をバンッと置いた。
「繭香って、俺にだけ冷てーよな」
そう言い放つと部屋から出ていってしまった。
ぽかんとはこのことだ。
八千穂との言い争いの後はいつも、重苦しい胸のつかえが残る。
今回、八千穂が出した企画書は、すんなりと通ったらしい。八千穂は言わないが、事務の女の子がこれみよがしに言ってくるから知っている。
「なんでこうも上手くいかないわけ?」
わかっている。決定的なセンスの違いと見込みの甘さ。ガス火がネックと気づかない訳ではなかった。ただ、私にはきっとそれくらいなら乗り越えられる、と思ってしまう、甘さがある。差が埋まらないのは、そういうところだ。
私は涙目になりながらPCの電源を落として、すでに真っ暗なオフィスを後にした。
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