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EP 5
なぜなのかはわからない。
ただ、わかっていることは、同期入社でも仕事の成績は俺の方が良いってことだ。それが気に入らないのかなんなのか、花崎繭香が俺を敵対視し始めてから1年近くになるだろうか。
向こうから歩み寄ってくる気配は、一向にゼロ。
(俺なんか今日みたく、めげずに何度も話しかけて好感度アップの努力はしてるんだけどなあ。冷たいとか言ってしまった……あー俺のバカあぁ)
はああぁ。
入社当初はもっと素直だったと思う。同期同士助け合おうって握手したりして。一緒に飲みに行ったりもして、ほろ酔いの繭香の腕を掴んで何度も自宅へと送っていった。
けれど、いつからか距離が離れていって、今じゃ手を出すだけで、噛みつかれてしまう。
可愛いんだよ。目元は切れ長でクールだけど、笑うと途端にニコッて柔らかくなるわけ。
髪は薄茶色で、ボブ。俺のこの大きな手で掴めちまうぐらい、首とか肩とか細っそりしてて。
事務の女子は、「花崎さん、あれ絶対日焼け止め塗ってないわ」「地黒だったりして。女子はやっぱ白い肌だよね〜」と示し合わせたように頷き合って笑うけれど、俺はあの小麦色の肌が好きなんだっつーの。
「初めまして、八千穂類と言います」
「あ! 私、花崎です。花崎繭香です!」
振り返った繭香の、健康的な笑顔。
初対面で可愛いと思った。社内でも目で追うようになって、気がついた時には落ちていた。
繭香の顔がタイプってのもあったけれど、まとっている雰囲気も柔らかくて優しくて。一緒にいて癒されるし、細い肩なんかは抱きしめて、こいつは俺が守ってやりたいと思わせる。
けれど、繭香はそれを良しとしない。常に孤軍奮闘しているのだ。
いつの頃からか、敵対みたいになってしまって今に至る。
「仕事熱心なのはいーんだけど、俺への圧がすげえんだよな。はあぁ」
嫌われているのだろうか? そう考えるだけで、丸一日凹めるほど、繭香のことが好きなのだ。
「アニメとのコラボ缶、すっげえ探したっつーの」
1缶ずつ渡して少しずつ餌付けしようと思って、10缶ほど購入した。それが最初の1缶で、シャットアウトとは。
ヤケクソになってその中のひとつをカシャと開ける。勢いよく飲み干すと、口の中に甘さが広がる。疲れが飛ぶような気もするし、ただ虚しさが広がっているだけのような気もする。
「あーあ……もう脈なしかなあ」
片方の手で髪をぐちゃぐちゃにかき回す。
「結局どっちなんだよ。彼氏いんのかぐらい教えろよ」
こっちは心臓止まりそうなくらいの思いで、カマかけてんのによ。
もう諦めるか。いや諦めない。引いてだめなら押してみよう。ってか、押すってどうすんだ?
コーヒー缶をゴミ箱に放り込んで、ネットでも見るかとスマホを手に取ろうとしたが、「空き缶でも欲しいかもしれないし……やっぱ飲まなきゃ良かった.…」思い直してゴミ箱から缶を拾い、水道で洗って伏せて置いた。
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