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イタリアンレストラン「giardino」。俺の職場。
店に入ると目の前にレジ、その左横にはケーキのショーケース。レジの右には厨房へと続く通路があり、それを挟んで並んでいるのはバースペース。見惚れるほど美しくボトルが整頓されている。ガラス張りのこの店にとって、道路から見えるこのバーカウンターは看板みたいなものだ。
それを通り過ぎると、奥行きのある飲食スペースとなる。
この店は、もともと有名なホテルで修行を積んでいたシェフと、そこのレストランで働いていた若手の従業員が独立して建てたものだ。
近所に大学があることで昼間は学生達で賑わっているが、夜になるとサラリーマンやおしゃれなOL、カップルなどがディナーやバーを利用しにやってくる。そこそこ年齢幅のある店だ。
俺はこの店で、唯一のパティシエをしている。わりとデカイ店だと思うが、俺の仕事はとても重要。美味いケーキを作ることだけじゃない。入り口にあるショーケースはいつだって客を一番に出迎えるわけだから、ここを甘く甘く、華やかに彩ることだって、俺の重要な仕事の一つ。毎日数種類のスイーツを作り、色彩を考えながら陳列していく。
「お疲れ様です」
オーナーシェフの東さんに挨拶をし、俺は先に仕事を上がった。店はまだ営業している。
「あ、明智くん」
着替えを済ませて店長へ挨拶しに行くと、ちょいちょいっと手招きされ、スタッフルームへと連れ込まれた。そして。
「チョコ、どう?」
そう言って店長はいたずらに微笑んだ。
何かのお土産かと思って彼のデスクを覗きこむと、明らかに女性からもらったのであろう早めのバレンタインチョコが数点置かれていた。
「これは?」
「お客さんから」
やはりか。
「三つもありますけど?」
「断りきれなかったの」
何度も断っている様子が目に浮かぶ。
うちの店長はモデルのように綺麗だ。すらっと高い身長に、栗色ストレートのさらさら猫毛。極めつけのタレ目は色香が漂い、これぞ美人系イケメンというやつだ。客からキャーキャー言われているのはもちろん知っているが、なにせ俺はずっと厨房に籠っているため、それを目の当たりにしたことは無い。
ただ、この甘いフェイスと長身をもってすれば、モテない方がおかしいだろう。
「貰っていんすか?」
「持って帰ると拗ねる奴がいるから」
いきなり惚気だ。
詳しくは知らないんだけど、店長には結婚前提の恋人がいるらしい。写真を見せろとせがんでも絶対に見せてくれない怪しさ満点の恋人なのだが、時折こうやって惚気られるので仲良くやっているみたいだ。
少しだけジェラシー。
というのも、今はもう吹っ切ってるけど、この店のオープニングスタッフとして正社員採用されたその年、俺は店長に淡い恋心を抱いていた。
だって普通に可愛いんだよ、この人。しっかりしてるくせに何処か抜けてるというか、ほっとけない感じ。
けど、ライバルが多すぎて早々に諦めた。そもそも俺が男を好きだなんて、この店の誰も知らない。アルバイトちゃん達に嘘みたいにモテまくっている店長だけど、分かりやすいくらい「子供には興味ありません」って顔するんだよな。
真摯に対応してるんだけど、滲み出る「恋愛対象外です」というオーラ。どれだけの女子がそれに泣いたことか。
もちろん、この俺も。
そもそも男の俺にそのオーラをぶつけては来ないけど、脈がないのがあからさますぎて本気になる前に止めたんだ。
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