ジェントルマンズ ショコラ

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「じゃ、一つ貰おうかな」 「うんうん、貰って。あ、それとも店で飲んでく? これをツマミに」  そう言ってクイクイっと酒を飲む振りをして俺を誘った。 「お、ラッキ。タダ酒っすか?」 「三杯だけね。四杯目からは社割金額貰いますよ」 「そんな飲まないって!」  ハハッと軽快に笑い、店長はスタッフルームを出た。後を追い、店内へと出る。照明のライトが絞られている落ち着いた雰囲気の店内。ディナータイムのこの独特の暗さは、働いていてもなかなか慣れない。通いなれているクラブとはまた違った “大人” の雰囲気にドキマギするのだ。 「座って」  ハイチェアのバーカウンターに腰を下ろすと、兼業アルバイトのバーテンダー、木崎さんが「お疲れ様です」と俺に頭を下げた。  すっと出されるコースターとお絞り。 「どうされますか」  木崎さんがオーダーを取ってくれる。 「んー……どうしようかな。俺今日三杯しか飲めないんだよね。とりあえずメニュー貰おっかな」  なんの制限ですかと笑われると、カウンターの奥から店長も笑った。  ガラスのお皿を取り出して、貰ったチョコレートを綺麗に並べて出してくれた。 「それは?」  木崎さんがチョコレートを見て首を傾げる。一応カウンター内には、チョコレートやスルメなどが常備されているが、見たことないそれに目を丸くする。そりゃそうだ。貰い物なんだから。 「バレンタインチョコです。まだ余ってるんで、木崎さんも良かったら」  そう返事した時、ポーンっと呼び鈴がなり、店長はカウンターを出ていった。 「今日。暇なんですか?」  尋ねると木崎さんは頷いた。 「暇ですね。バーなんか五人しか来てないんですよ」  この人、確か本業は水道業者だ。夜だけこの店でバーテンダーをしている。店長より少し年上か同じくらい。とてもダンディーなおじさんだ。 「どうします? やっぱ明智さんは甘い系のカクテルがいいですかね」  そう言って優しく微笑まれた時、真後ろからカランカランと軽い音を立てて入口の扉が開いた。 「いらっしゃいませ」  木崎さんが落ち着いた声でアテンドに入ろうとしたが、すぐに「どうぞ」とバーカウンターへ案内する。  通常、食事かバーか尋ねるのだが、どうやらバーの常連客らしい。  二つ飛ばしで右隣に座ったその常連客へ、木崎さんは俺の時と同じようにコースターとおしぼりをいち早くセットした。 「お仕事帰りですか?」 「うん、そう。日下さんは?」  低く渋い声の男性が店長の所在を尋ねる。 「あぁ、さっきお客さんに呼ばれてましたけど、もう厨房に引っ込んだかな? 呼んできましょうか?」  木崎さんの対応に、男性客はぶんぶん手を振り、「怒られるだけだしいい、いい」と苦笑いを浮かべた。  見たことある人だ。知ってる……、うちの店じゃ有名だ。だってこの人、店長と一緒に暮らしてる芸能人だ。
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