ジェントルマンズ ショコラ

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「亮介。車で来てないでしょうね?」 「車だけど?」  店長の質問に加藤さんは平然と答えた。 「バカ! 木崎さん、こいつにお酒与えないでください!」 「え? カトさん車なんですか?」 「大丈夫ですよ! そこのイケメン店長が運転してくれますから」 「閉店までいるつもりなの!? 迷惑!」  うちの店は自家用車での通勤が禁止されている。駐車スペースが少ないからだ。それでもシェフなんかは近くの月極駐車場を借りて車通勤してたりする。  三人のやり取りに笑うと、店長が「笑い事じゃないよ? ほんとコイツ無茶苦茶でしょ?」と俺に同意を求めてくるから、「そういう所がまた可愛いんじゃないっすか?」と冗談で返した。  加藤さんを可愛いと表現したのは、単純に彼の職業が "アイドル" だからだ。"カッコイイ" と "可愛い" を使い分けるのが上手いのは職業柄間違いないだろう。  けど、そう言った俺に店長は一瞬ぐっと黙り、すぐに「可愛くない!」と首を振った。  この一瞬の反応が、俺には少しばかり違和感だった。ビクッとしたように見えたから。  木崎さんも加藤さんもそんな店長に気付いてなかったけど、なんか……分かったかもしれない。  店長の恋人って、女じゃなくて……加藤さんなのかも。  もう店長のことは遥か前に諦めたし、どうってことはないんだけど、「同じ男ならなぜ俺を」と、思わせてもくれないほど圧倒的な男と付き合い出したんだなと分かり、木っ端微塵に打ちのめされてしまった。  だって、相手芸能人だぞ……しかもアイドル。それだけでも勝てないのに、加藤さんめっちゃいい人だし、爽やかで愛想も良くて、人懐っこい。勝てるわけないじゃんか。  撃沈。墜落。沈没だ。 「……まじか」  そんな俺をよそに、店長と加藤さんは楽しそうに会話を続けていて、一人大きなため息をつく姿を木崎さんだけが見ていた。  楽しそうな痴話喧嘩。それを邪魔するつもりもない木崎さんだったが、俺と加藤さんのコースターにカクテルグラスを静かに準備すると、カシャカシャと軽快な音を立てシェークし始めた。  まずは客の加藤さんから、そして次は俺のグラスに、琥珀色をしたカクテルが注ぎ込まれる。仕上げに削ったチョコレートが浮かべられると、ラブラブな痴話喧嘩も静かになった。 「ジェントルマンズショコラでございます。チョコレートリキュールを使った男性向けのカクテル。甘いのがお好きなお二人にぴったりかと」  初めて聞くカクテルだった。  案の定店長が一番に食いついた。 「あ、チョコレートリキュールどうです? なくなりそうですか?」 「そうですね、ゴリ押ししてるのでそこそこ減ってきてますよ」 「もうやめておこうか? 冷蔵庫圧迫するし。どう思う?」 「女性客に人気ですし、冬の間は置いておいてもいいんじゃないでしょうか」  初めて仕入れたリキュールだったらしい。  二人は賞味期限が早いとか冷蔵庫を圧迫するとか、色々仕事の話をしていたが、俺は会話が終わるのを待たずにカクテルを一口口に含んだ。
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