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おっとと。強い。思ってるより度数が高そうだ。甘いのに辛口。
隣の加藤さんも「おっ……と?」と予想以上の度数に驚いてグラスを置く。
すごく美味しい。けど、すぐ酔いそうだ。でも、きっと酔ってしまった方がいいんだろう。このなんとも言えない敗北感を紛らわしてくれると思うから。
「わりと強めですね。けど甘くて、シナモンも効いてるし、すごく美味しいです!」
加藤さんの食レポに優しい笑顔をむける木崎さんだったが、不意に俺を一瞥した。その目が妙に絡みつくようで、ドキっとする。
なんだ?と思ったも一瞬。
「いつも美味しいザッハトルテに幸せを頂いているので、たまには私もチョコレートで酔わせてみようかな、と」
え……、嘘だろ?
予想もしてない人から口説かれた。これってそういう意味……か? いや……考えすぎ、か?
思わず狼狽えてしまったが、落ち着け俺。彼はそんなつもりで言ったんじゃないだろう。
だけどその言葉は、このカクテルのように熱を持ち、じわりと俺の中に染み込んでいくようだった。
ノーマークだった木崎さんが、カッコよく見えた瞬間。
甘すぎない笑顔と大人の雰囲気を纏う落ち着いた男性。しっかりとした肩幅と、穏やかで男らしい声。
分かりやすいようでいて、とても分かりにくい。今のは……告白……なの?
「カッコイイ! 木崎さん!」
加藤さんが楽しそうに声を上げ、俺はハッとしてそちらを振り向いた。
「俺もカッコよくそういうこと言いたいんだけどなぁ」
時間が止まったみたいに木崎さんに釘付けになっていた。ほんの数秒だけど、この数秒で心の中に種を落とされた。
「……じゃあ、酔っ払ってみようかな」
駆け引きみたいに返事をしてみると、みんなはわっと笑った。
「ちょっとちょっと、飲みすぎて明日遅刻しないでよ?」
店長が困ったように言ったけど、加藤さんの前にいる木崎さんは、カクテルシェーカーを洗いながら言った。
「酔ったら私が送ってあげますよ。でも朝はご自分で起きてくださいね」
「朝が大変なんじゃん!」
思わず突っ込むと、木崎さんハッハと声を出して笑った。
「じゃあ、今夜は私の家に泊まりますか? そしたら、起こしてあげられますけど」
……決定打……とみなしていいのだろうか。
隣では「お泊まり楽しそう~」と加藤さんがはしゃぎ、何も疑っていない店長が、「閉店までいるなら、明智くんも片付け手伝ってよ?」と唇と尖らせる。
バカみたいに、俺だけ心臓を高鳴らせている。やばい。久しぶりにドキドキしてしまってる自分が恥ずかしい。
グイッとカクテルを喉へ流し込み、酔っ払ってしまおうって……本気で決意した。
そんな俺を見つめる木崎さんは、どこか楽しそうに口元を緩め、「もうすぐバレンタインですね」と話をすり替えた。
大人の恋が始まる──。
シナモンのようなスパイスとビターチョコレートのような甘さと苦さ。くらくらするほど酔わされ、内側からは熱を放たれる、そんな恋の予感。
そう、まるでこのジェントルマンズ ショコラのように……。
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