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(良い風だ……)
このところ、退屈とも思える程、穏やかな日々が続いている。
特に厄介な問題を抱えた者はおらず、俺の仕事は極めて順調…いや、やはり退屈だ。
「危ないよ。こっちにおいでよ。」
(……え?)
不意にかけられた声に振り返れば、そこには、若い女が立っていた。
「ねぇ、こっちで話そうよ。」
女の目は、明らかに俺の方を見ている。
「え…っと、それ、もしかして俺に言ってる?」
俺は親指で胸を指し示した。
「そうだよ、あんたに言ってる。
ねぇ、こっちでもっと話そう?」
どういうことだ?
俺の姿は、普通の人間には見えないはずだ。
見えるのは、数日後に死を控えた者達だけ…
いや、確かにごく稀には見える者がいるということだが、俺はいまだかつてそんな奴には会ったことがない。
それほど稀なことなのに、俺はたまたまそういう相手に会ってしまったってことなのか?
「わ、わかった。」
俺は、柵を越え、彼女の傍に向かった。
「ありがとう。
私……話、聞くから。
なんでも聞くから話してよ。」
「え?」
その時になってようやく気付いた。
俺は、高いビルの屋上に腰かけていた。
それをたまたま見かけた彼女が、俺を自殺志願者と勘違いしたのだと。
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