第一章 1-1 熱中症

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第一章 1-1 熱中症

「頭痛い。気持ち悪い。(だる)い」  ゴロリと床に仰向けになり、行儀悪く足をベッドに掛け、綾瀬未来16歳は部屋の設定温度を一度下げ25度に切り替えた。   お盆時期の八月。  その日の最高気温は38度。夕方になっても一向に涼しくならない。 「ねぇ彩兄。普通の高校生ならさ、いまごろ楽しく遊び回っていると思わない」 「宿題に終われてるやもしれんやろ」  未来は頬を膨らませると、拗ねたように、傍らにいる、掌サイズの動く狐の縫いぐるみを睨んだ。 「ニュース見た。みんな楽しそうに旅行に行ってるよ」 「親の顔みたか。疲れきっとたで」 未来はオニキスを嵌め込んだ様な黒い瞳をぎらりと強め、ひょうひょうとする縫いぐるみこと彩兄に「うぅぅ」と恨めしげに唸った。 「ふーんだ。それより手が止まってるよ彩兄。もっと仰いで」 「お前なぁ。俺は綿袋に覆われた死んだ魂やで、もっと暑いんやぞ。まったく」  彩兄は小さな体で団扇を持ち、寝そべっている未来にそよそよと嘆息して団扇を仰いでやる。  暑いんだ。  狐の縫いぐるみを依り代にした、ちょっと訳ありの体にも温度感知能力があるようで未来は微かに驚く。その神秘な体に、考えまいとした。
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