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ゴールデンウィーク
ゴールデンウィークの初日、2人は式場に打ち合わせで向かった。長期休暇を利用して結婚の準備を進めようと思っていた。向かう車の中、運転する志賀に純が尋ねる。
「夏哉、あのね、内山さんを結婚式に招待してもいいかな? これから2課でまた一緒に仕事をする同僚だし、私達の後輩でしょ」
そう話すと、志賀が優しく微笑んで言った。
「純、内山と何があったんだ? 何を話した?」
「えっ、あぁ……」
内山が『枕営業』をしていたなんて言えないし、志賀には「言わない」と約束した。
「内山がさ「1課の営業はまだ無理でした。2課でいちから営業を学びたいので2課に戻ります。今まで色々と迷惑をかけてすいませんでした。お世話になりました」って言って来たんだ」
「内山さんがそんな事を…」
「うん。急にどうしたのかと思って、何があったのか訊いたんだ」
「うん…」
「そしたら「桃井先輩と話した」って言って、純に今までの事を謝ったって話してくれたんだ」
「そっか……」
(それなら、話せる部分だけ話そう。でも……ちょっと恥ずかしいけど…)
志賀が内山から聞いた話の内容に合わせ、純は男性との事は話さず、話せる部分だけを正直に話す。
「実はこのあいだ、お客様が内見した後そのまま仕事に戻ったから、私1人で店に帰る途中、バッタリ内山さんと会ったの。夕方だったし、内山さんを車に乗せて店に戻る時、色々と話をしたの」
「うん」
「1課に異動になってから、毎日大変で、1人で営業に回ってもなかなか契約が取れないって言ってた」
「確かになぁ。俺でもきつかったし、俺もなかなか契約取れないもんな」
「ふふっ、それでも夏哉は二件取ったんだよね。ほんと優秀な営業マンだよ。関心する」
「ふふっ、すげぇ必死だけどな。でも何度も話を聞いてもらえれば、相手にも損はないって分かってもらえるんだ。伝わった時は本当に嬉しい。2課とは違う達成感があるんだ」
「そっか…」
「あ、ごめん。それで?」
「うん、それでね、1課がつらいなら2課に戻っておいでって誘ったの。実力はあるのに、このままだと内山さん辞めちゃうと思ったから」
「あぁ、純が2課に誘ったのか」
「うん。でも彼女、夏哉を追って1課に行ったじゃない? だから2課に戻るのは嫌かなって思ったんだけど、その事を話したら夏哉の話になって」
「ん? 俺の?」
「うん。内山さんはまだ夏哉の事を好きみたい。でも私、言ったの」
「何て?」
「えっ……うーん…」
「何だよ、そこまで話したんだから言えよ」
「うーん。あのね「私も好き。あなたにも、誰にも負けないくらい夏哉が好きなの。絶対に渡さない」って…」
本人を目の前にして言うと、恥ずかしさと照れで純は耳まで真っ赤にして両手で顔を隠す。
「やっぱり恥ずかしいよぉ……今の聞かなかった事にしといて…」
純が顔を隠したままそう言うが、志賀は黙ったまま運転していた。
(あれ? 無反応?)
何も反応を示さない志賀を、指を少し開いてチラリと見てみた。志賀は険しい表情をして真っ直ぐ前を向いたまま、黙って運転している。思っていたより反応がなかったので純は冷静になり、話を再開する。
「そ、それでね」
「純、黙ってて」
低い声で少しイライラしているような棘のある言い方。純はそれ以上話さず、下を向いた。
(あれ? 何か怒らせるような事、言ったかな? 夏哉、怒ってるよね…)
顔を伏せながら、純は横目でチラリと志賀の横顔を見る。ハンドルを持つ手が苛立ちを表し、指でコンコンとハンドルを叩く。前を見ている目がチラチラと何かを探しているように動き「ちっ! 何だよ…」と呟く。
「夏哉……ごめん、何か怒らせるような事、言ったかな?」
恐る恐る訊いてみる。
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