2504人が本棚に入れています
本棚に追加
「志賀先輩……聞いてないんですか?」
「ん…? 何を?」
「私と純先輩が何を話したのか…」
「あぁ、聞いたよ。2人で俺の話をしたって。その時、純が「俺の事を渡さない」って内山に言ったんだろ?」
「……ほんとに言ってないんだ…」
「えっ…」
「純先輩は、言わないかぁ。約束は守る人だもんなぁ……実は私」
「内山」
人が変わったように心を入れ替えた内山が、悔やんでいるような表情で話し始めたが、夏哉はそれを止める。内山は話を止め、顔を上げて夏哉を見た。夏哉は真剣な顔で内山に言う。
「純と何を話したのかは言わなくていい。純が内山との約束を守っているならそれでいいんだ。俺は聞いた話で満足したし、純も内山もそれで今いい関係になっている。それでいいじゃないか」
「はい。ありがとうございます」
内山は優しい表情で礼を言った。
(本当に内山の表情が柔らかく優しくなった……きっと純が内山を変えたんだろうな…)
純から聞いた話だけではない何かが、2人の間にあったのだろうと夏哉は薄々気づいていた。それが何かまでは分からないが、あれだけしたたかで計算高かった内山が、これほどまでに変わるとは思えない。だが変えたのは間違いなく純だという事は明らかだった。それを今さら訊くつもりなど、夏哉にはなかった。
「それで? 今、久坂と内山がメインで頑張っているんだろ?」
「はいっ! いや、もう大変ですよ。よくお2人は営業1、2を取ってましたよねぇ……改めてすごさを実感しました」
「ははっ、だろ? すげぇんだぞ、俺達」
「ふふっ、はい。ほんとに…」
「でもな、頑張ってくれよ。純はいずれ退職させる」
「えっ…純先輩、仕事辞めるんですか?」
コーヒーカップを置いて、内山が驚いたように尋ねる。
「そうだな。もう少し先の話だけど、俺達も子供は欲しいからな。純はお前達の先輩である前に、俺の妻なんだ。俺達は家族なんだ」
夏哉がそう話すと、内山は納得し自分に言い聞かせるように言う。
「そうですよね。いつまでも純先輩に甘えている訳にはいかないですもんね」
「あぁ…」
「久坂と2人で頑張ります。志賀先輩と純先輩のように、安心して任せてもらえるように」
「うん、期待してるぞ」
それから試験時間が終わるまで、色々な話をして2人は会場の出入り口へ戻った。しばらくして純と久坂が揃って会場から出て来た。
*****
「お疲れ。どうだった?」
志賀が純と久坂を労い、尋ねる。
「大丈夫だよ」
笑顔でそう言う純の横で、久坂は不安気な表情で言う。
「うーん……どうだろう…」
「まぁ、難しい試験だし、もしダメでもまた来年ある」
志賀が励ますように言うと、久坂は少し笑顔を取り戻し言った。
「そうですね。また来年、頑張ります」
「いやっ、1月の発表までまだ分かんねぇから!」
「はははっ、そうでした。いやでも、うん。頑張ります!」
「おぅ、頑張れよ! よし、じゃ、飯でも食いに行くかぁ! 今日は俺がおごってやるよ!」
志賀がそう言うと、久坂と内山は口を揃えて叫んだ。
「やったぁ! 焼き肉!」
「お前らなぁ! ! まっ、いいっか! 頑張ったしな。いや、内山は頑張ってないけど…」
「えぇ、志賀先輩、いいじゃないですかぁ。これから頑張るんですから、可愛い後輩ですよねぇ……私達…」
「ちっ、ったく! んじゃ、行くか!」
志賀の車に久坂と内山も乗せ、4人は焼き肉店に入り、お腹がはち切れそうになるほど焼き肉を堪能した。
最初のコメントを投稿しよう!