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「じゃ、ちょっと見せてもらおうかな」
「分かりました。では準備しますので、少々お待ち下さい」
純はパソコン画面を自分の方に向け、間取りやデータを印刷しクリアファイルに入れて久利生に尋ねる。
「久利生様、今日、お車ですか?」
「うん、そうだけど。桃井さんの方の車に乗せてもらえる?」
「分かりました」
営業用の車の鍵を持ち、他の社員達に「内見行って来ます」と声をかけ、久利生と一緒に店を出た。自社ビルの駐車場に向かい、リモコンキーでドアのロックを解除する。
「どうぞ…」
後部座席のドアを開け、久利生に声をかける。
「うーん。助手席がいいなぁ」
久利生がドアの前に立ち、そう言ってニヤリと笑う。
「ダメです。お客様を助手席に乗せる訳にはいきません」
ドアを開いたまま純が真剣な顔で言うと、久利生は微笑んで言った。
「ごめんごめん、冗談だよ」
久利生が後部座席に乗り込むと、純はドアを閉め運転席に乗って、助手席に持っていたクリアファイルを置いてシートベルトを締めた。
「じゃ、車出しますね」
「うん。お願い」
ゆっくり駐車場から出て、内見する新築賃貸マンションへ車を走らせる。
久利生 蒼、30歳。
純が『テラシマハウジング』に入社して1年が経った頃、店舗に現れ賃貸マンションの仲介をした客の1人。それから約半年ごとに店舗に訪れ、純を気に入り指名して新居に引っ越しを繰り返す。高級車に乗り服装などを見ると、どこかの社長か実業家のように見える。賃貸契約する部屋は高家賃の物件ばかり。純が営業成績2位でいられるのも、久利生のおかげと言ってもいいほど貢献している。
「ねぇ、桃井さん」
「はい」
純はルームミラーで、後部座席の久利生をチラリと見て返事をする。
「今度さ、食事に行こうよ。美味しい店あるんだ」
「すみません。お客様とそういった事は出来ない規定でして」
「そうなの?」
「はい」
本来、社にそんな規定などないが、営業と客の関係はきちんと保つべきだと純は思っている。営業2課にはノルマというものは存在しないが、多く仲介契約を取ればそれなりに給料やボーナスに反映され、毎月契約数は発表される。純の下で仕事をしている久坂達にも、少しではあるがメリットがある為、いい客と仲介契約を多く取りたいと思う。だが客との関係を親密にしてまで、取りたいとは純は思っていない。
「残念。いつもお世話になっているから、何かお礼にと思ったんだけどな」
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です」
「いつもありがとね」
「いえ、こちらこそ」
しばらくしてマンションの前に到着した。マンションは完成しており、現在は周辺の整備工事が行われている。駐車場に車を停め、純が先に降りて後部座席のドアを開ける。
「ありがとう」
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