迷走中

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少ししてコーヒーが出来上がり、取り出し口からカップを取り、純は出入り口付近のテーブルに袋とコーヒーを置いて座った。 「桃井、契約取れたのか?」 志賀が純に尋ねる。低く艶のある声が、広い休憩室に響く。 「あ、うん」 純はチラリと志賀を見て素っ気なく答え、コーヒーをひとくち飲む。 「でも確か、3ヶ月前にも久利生様来られてましたよね?」 内山が純の方を向き話しかける。 「そうなの。でも駅前のマンションに引っ越すみたいね」 微笑んでそう話すと、内山が純に返す。 「桃井先輩はいいですねぇ。高い家賃契約で、定期的に賃貸契約してくれる特上のお客様がいて」 顔は微笑んでいるが皮肉を言う内山に、志賀が言った。 「いつどこに住むかはお客様の自由だ。決して桃井が誘導して決めている訳じゃない。逆に俺も含めて、見習うべき事じゃないか?」 「えっ…?」 「久利生様は、店に来て桃井が接客して以来、ずっと桃井を指名するほど桃井の接客を気に入ってくれている。それって営業の俺達からすれば、すごい事だろ?」 「は、はい…」 「久利生様だけじゃなくて、桃井には他にもそういうお客様がいるんだ。だから営業成績もいい。皮肉を言う前に見習うべきだよ」 「はい」 純は志賀の言葉を聞いて、嬉しくて涙が出そうだった。黙ったままうつむき、涙をこらえる。 ガタガタと音が鳴って純が顔を上げると、志賀と内山が立ち上がり、出入り口へ向かって来ていた。純はコーヒーを飲み、袋の中のサラダを開けて食べ始める。すると志賀は出入り口で立ち止まり、内山に声をかけた。 「内山、先に戻ってて」 「あ、はい」 内山が先に休憩室を出て行き、志賀が純のそばに来てテーブルに片手をつき、純の顔を覗き込んで言う。 「でも俺は、久利生さんの事、気に入らないんだけど?」 純はドキリとして、志賀の顔を見上げる。 (何? どう言う事?) 「なぁ桃井、ほんとのところどうなんだ? 内見って、ほんとに部屋を見てるだけか?」 「は? どういう意味?」 純は少し志賀をニラみ、怒りを含んだ言い方をした。 「久利生さんってお前に」 「私はきちんと仕事をしてる! 久利生さんに契約を勧めたり頼んだり、変な事は何もしてない!」 志賀の話を遮り、純は感情的に言い返す。 「いや、そういう意味じゃなくて」 「じゃ、何? 志賀には迷惑かけてないし、関係ないでしょ」 そう言ってカラになったサラダのカップを袋に入れ、コーヒーの紙コップを持ち、純は立ち上がる。ゴミ箱に袋を捨て、コーヒーを飲み干しカップを捨てて、そのまま休憩室を出ようとした時、志賀が慌てて純の腕を掴む。 「待てよ! 桃井」 「何?」 「ごめん。そういう意味じゃなくて、久利生さんに何もされてないか心配しているんだ」 「えっ?」 「車とかさ内見って、ほらっ、2人になるだろ?」 「へ? えっ? だ、大丈夫だけど…」
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