2人の関係(夏哉side)

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2人の関係(夏哉side)

「ちっ! 何だよアイツ」 夏哉はエレベーターの前で舌打ちし、慌てて逃げた桃井に怒りを露わにする。乱暴に下へ行く矢印ボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。 「俺が優しく誘ったのに、変な理由で断りやがって。宅建の勉強だぁ? そんなもんしなくても、お前だったら受かるだろうが!」 こっちが本来の夏哉だ。桃井を誘っていた夏哉はだいぶんオブラートに、いや厚紙に包んだ話し方をしていた。それにはきちんと理由がある。 上がってきたエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押して下りる。エレベーターを降り、ズボンのポケットから社員証を出して首にかけ、給湯室に入る。営業達がそれぞれ置いている歯ブラシセットの中から、自分のものを取り歯磨きをして店頭に出る。 先に下りた桃井は、カウンター席で久坂と並んで座り一緒にパソコンを眺めていた。夏哉はチラリと横目で2人を見る。 (近いんだよ! いつも。もっと離れろって…) 自分のカウンターの席に戻ると、近くに座っている内山が声をかけて来た。 「志賀先輩、お帰りなさい。遅かったですね」 「あぁ、うん。ちょっとね」 店内を見回し、夏哉は内山に指示を出す。 「だいぶん落ち着いたな。じゃ内山は、さっき渡したお客様のデータ入力しておいて」 「はい、分かりました」 夏哉も自分の仕事に戻り、チラリと桃井を見た。 夏哉の席から少し離れた席の桃井とは、同期入社してすぐにお互いの能力を認め、いいライバル関係になった。入社したての頃は2人で残業もしたし、食事や飲みにもよく行きお互いの事をよく分かっていた。 だが入社して2年目になった頃、2人に後輩が出来、翌年にもまた後輩が入り、いつの間にか2人の下で仕事をしている後輩同志で派閥を作り始めた。夏哉は派閥など気にせず、桃井には変わらない態度で接するが、桃井の態度は次第に変わっていった。 桃井は、接客はもちろん笑顔でしていて客うけもいい。営業トップの夏哉よりもリピーターは多い。先輩や後輩と話す時も笑顔で話している。だが唯一、夏哉と話す時だけ表情が変わるのだ。 (俺、嫌われるような事、したっけ…) 「もしかしたら派閥のせい」と分かっていても、夏哉からすればショックだった。桃井は同期でよきライバル。共に頑張って来た戦友。そして、いつの間にか心惹かれた女性なのだ。 リピーターの久利生が桃井に好意を寄せている事は明確で、半年ごとに店にやって来て内見に行く時、夏哉はいつも桃井の事を心配していた。 そして今日突然、久利生が来店したのだ。丁度、桃井は休憩中。夏哉は久利生に声をかけた。 「いらっしゃいませ、久利生様。どうぞ、こちらへおかけ下さい」 「あぁ、志賀君、こんにちは。桃井さんは?」 「只今、休憩に入っております。よろしければ、(わたくし)が伺います」 「あぁ、いや……桃井さんって、いつ頃戻って来るかな?」 久利生は夏哉が案内したにも関わらず、カウンター席に座る事なく桃井の事を尋ねる。 (いいから、座れよ…) 「ははっ、まだしばらくは戻って来ませんので、私が」 少し顔を引きつらせて答える夏哉。 「じゃ、ちょっと時間空けて来ようかな…」 一向に聞く耳を持たない久利生に痺れを切らし、夏哉は内山に言った。 「内山、桃井を呼んで来て」 「あ、はいっ」
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