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内山が席を立ち桃井を呼びに行くのを見て、夏哉は久利生に声をかける。
「久利生様、失礼しました。今、桃井を呼びに行かせていますので、こちらでお待ち頂けますか?」
夏哉はカウンター席を手で示し、座って待つよう促す。
「あっ、そう? じゃ、待っているよ」
そう言って、久利生はようやくカウンター席に座った。桃井が来る間、夏哉は久利生の前に座り、周りに聞こえないよう小さな声で話しかける。
「まだ3ヶ月しか経っていないのに、今日は何の用ですか?」
「駅前のマンションに引っ越そうと思って来たんだ。一応、俺、客だよね」
そう答えて久利生はギロリと鋭い目でニラむ。だが夏哉は怯む事なく続けて話す。
「そうです。お客様ですね。では俺から1つ提案なんですが、久利生様、そろそろマイホームなんてどうですか?」
「は?」
「分譲マンションや一軒家などを購入されて、そこで落ち着くなんていうのもいいんじゃないでしょうか?」
口角を無理やり上げて笑顔を作り、夏哉は賃貸契約を繰り返す久利生に住宅購入を勧めた。
(これ以上、桃井に関わるなよ…)
「弊社の営業1課へ紹介致しましょうか? いい物件を取り揃えていますよ?」
「俺に賃貸じゃなく、家を買えと?」
「アンタなら、余裕で買えるだろ?」
ギロリとニラみ返して、夏哉は言う。
その時、桃井が店頭に戻って来た。
「あっ! 桃井さん!」
久利生が桃井に声をかけ、夏哉は振り向く。
「こんにちは」
桃井が笑顔で久利生に挨拶をし、夏哉に声をかける。
「ありがとう。あとは私が」
「うんっ。頼む」
夏哉はそう言って席を立ち、自分の席に戻った。
そのあと、何事もなかったかのように久利生は新築マンションの事を話し、桃井と一緒に物件の内見に出かけた。
桃井が久利生と内見に行っている間に、夏哉は内山と休憩に入った。内心、桃井の事が気になって仕方ないが、内山と一緒にいる手前、顔や態度に出す訳にはいかない。
自社ビルからすぐ近くのコンビニで弁当を買い、2階の休憩室に向かう。
「先輩、窓際に行きましょ」
「おぅ…」
内山がそう言って窓際のテーブルに袋を置き、夏哉も弁当が入った袋を置いて向かい合わせで座った。2人は袋から買って来たものを出し食事を始める。
「私、今年の宅建の試験、受けてみようと思っているんです」
「へぇ、そうか。がんばれよ」
「はい。今、勉強しているんですけど、ちょっと分からない所があって」
「うん…」
「先輩、仕事が終わってから少し教えてもらえませんか?」
「あぁ……今日?」
「あ、いえ、今日じゃなくてもいいんですけど…」
「今日はちょっと……今日じゃなくていいなら、いいよ」
「えっ! いいんですかぁ! ありがとうございます!」
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