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迷走中
「先輩は受験申込みしたんですか?」
久坂 健大がそう尋ねるが、2年先輩の桃井 純は窓の外を呆然と眺め、通りを歩くカップルを見て呟くように言う。
「彼女になるにはどうしたらいいの?」
「は? 先輩、好きな人でもいるんですか?」
「えっ…」
久坂の問いに、純は我に返り視線を久坂に向け慌てて答える。
「いや、いないよ。いないけどさ、もし好きな人が出来てその人の彼女になるには、どうすればいいのかなぁって思っただけ」
「そんなの素直に告白すればいいだけですよ。簡単じゃないですか」
「あ……そ、そうだよね。素直にね……はは…」
顔を引きつらせて笑い、純はテーブルの上のサンドウィッチを取り食べ始めた。
桃井 純、26歳。
大学卒業後、不動産会社『テラシマハウジング』の営業2課に入社して、4年目を過ぎ5年目に入った。営業成績はいつも2位。上司からの指示で『管理業務主任者』と『マンション管理士』の国家資格は取得している。だがまだ『宅地建物取引士』の国家資格を取得出来ていない。
久坂 健大、24歳。
大学卒業後、営業2課に入社して、2年目を過ぎ3年目に入った。純の下で仕事をしていて『桃井派』の1人。純に秘かに好意を寄せている。
7月初旬、午後12時過ぎ。2人は自社ビルの2階にある休憩室で昼休憩中。近くのコンビニで昼食を買い、窓際のテーブルで向かい合わせで座って食事をしている。純はサンドウィッチとサラダ、休憩室の自販機で買ったコーヒー。久坂はガッツリおかずが入った弁当を食べていた。
「で? 先輩は受験申し込んだんですか?」
「ん? あぁ、宅建?」
「はい。7月中ですよね。申し込み期間」
「うん、そうだけど…」
「まだ申し込んでないんですか?」
「うーん。去年もダメだったし、今年はどうしようか悩んでるの」
「でも先輩、マネージャーから取れって言われているんですよね」
「うん、そうなんだよね…」
「志賀先輩は、取れたんでしたっけ?」
「うん。一昨年ね」
「じゃ、先輩も今年は取らないとマズいでしょ」
純にプレッシャーをかけて来る久坂。それもそのはずで、久坂は純の下で働き、営業2課にある派閥『桃井派』と『志賀派』の『桃井派』の1人だからだ。『志賀派』のトップ、志賀 夏哉は純と同期入社のライバルで、営業成績1位をずっと守っているのだ。
志賀 夏哉、28歳。
大学卒業後、営業2課に入社。純の同期でライバル。営業成績は常に1位。『管理業務主任者』『マンション管理士』『宅地建物取引士』の国家資格を取得している。
当の本人達である純と志賀は、お互いいいライバル関係で今まで切磋琢磨して来た戦友と言っていい同僚だと思っている。だが2人の勤務年数が経つにつれお互いに後輩が出来、それぞれの下について仕事を進めている内に後輩達が派閥を作り始めたのだ。
それによって『桃井派』と『志賀派』の2大派閥が出来、ずっと『桃井派』が負けている事になっているらしい。
「きっと先輩も宅建を取れば、営業成績で志賀先輩を見返せるかも知れませんよ」
「あ、あぁ……そうかもね…」
(たぶん、そう言うレベルではない気がするけど…)
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