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最後のお願い
欠伸を噛み締めながら歩く朝。今日もお姉さんはそこにいた。
「また会えたね」
俺は咄嗟に周りを確かめる。良かった。誰もいない。
「お姉さん、いつまでこっちにいるの?」
「分からない……。行かなくちゃいけないのは分かっているんだけど……」
お姉さんは寂しそうに笑う。
「まぁ誰にも分からないか。気づく人なんかいないし」
「そうかな? 健太くん、気づいてくれたじゃない?」
「でも俺には何にもできないよ」
「そうだね……」
そう呟いたお姉さんは、フッと消える。後ろを振り返ると人影。俺はその場を離れる。
そこは事故現場であり、花やぬいぐるみが大量に置かれていた。お姉さんは飲酒運転の車に轢かれてこの世を去った。それはテレビのニュースでも大々的に放送された。事故を起こした本人はブラック企業に勤めていて、過酷な労働状況にスポットが当ったかと思えば、車の性能について意見するコメンテーターや道路整備の不備。叩くところはいくらでもあるらしい。
俺がお姉さんの幽霊に出会ったのは事故の翌日のことだ。警察やリポーターがごった返す中、俺は事故現場に虚ろな目で立っているお姉さんにすぐに気がついた。お姉さんもお姉さんで俺が視えると気づいたようで笑顔を見せた。
だが、人が集中している中で幽霊に話しかける勇気もないし目立つのもイヤだ。俺は無視を決め込んで登校した。
だが、帰りにお姉さんのほうから声をかけてきた。
「また会えたね。ねぇ話し相手になってくれないかな? 寂しくて……」
視えるといっても俺に霊媒の能力はない。ただ若くして亡くなったお姉さんには同情の念がある。それくらいならと俺は頷いた。
「でもあんまり目立つことはイヤですよ? 視えるからって俺にできることはないんですから」
「あるじゃない。こんな美人のお姉さんとお話できる」
「自己肯定感すげぇな」
「いやいや。なかなかモテたのよ? 私は」
自分で言っているあたり大したもんだが、俺はお姉さんが気に入ってしまった。明るい幽霊の話し相手も悪くない。何せ美人だし。
今日の帰りもお姉さんのいる場所を通る。そこで途中コンビニで買ったパックの紅茶の封を開ける。
「はぁ幸せ……」
お姉さんの幽霊は頬を抑えながら姿を現す。
「幽霊って味分かるのかなぁ? って死ぬ前思ってたけど、お供えされるだけで味が分かるの相変わらずスゴイわ」
「まぁゴミになるから、あとは俺が飲むけど。俺、紅茶苦手なんだよね……」
「ごめんね。でも美人なお姉さんのためにできることやってるんだから誇りなさい」
お姉さんは、腰に手を当てて胸を張る。
「生きている美人のお姉さんのためにやったほうが楽しそうだけどね」
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