彼女の天気予報。

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 また、変わったよ。 彼女は晴れたり、曇ったり、雨がふったり。 数分、数時間、彼女の心模様は天気予報より難しい。 天気予報士という資格があるらしい。 かなり難関と言われている資格だ。 難関資格を突破した天気予報士は、果たして彼女の心模様も予想できるのであろうか。 できないよな。 今日の彼女はご機嫌な様子だ。 鼻唄を歌いながら遅めの朝ごはんを作っている。 晴れた土曜日。 彼女の気持ちも晴れていて良かった。 「今日は、晴れて気持ち良いね。」 「うん。」 僕は何気なく彼女の鼻唄を聴いていた。 よくよく歌の歌詞に耳を傾けると、「生きていることはつらい。死ぬこともできないから、幸せに目を向けよう。」などと、いささか暗い暗い気持ちを表現している歌だった。 彼女は、暗い歌を歌いながらフライパンを振っている。顔は笑顔だ。 ちぐはぐだから、今の気持ちを彼女に聞いてみた。 「朝ごはんを作ることがつらくてだから、歌でも歌って気分あげようと思った。」 あがるのだろうか。 そして朝ごはんを作ることがつらいのであれば、僕に一言言ってくれれば良いのに。 彼女の努力の朝ごはんはおいしかった。 ウィンナーに、目玉焼き、キャベツの千切り、ご飯に味噌汁。 心も温まる。 今、テレビで殺人事件のニュースが流れている。 彼女はそれを見て怒り出した。 「全く許せない。何故に人を殺すのかしら。 自分がつらいから人を殺したなんて許されない。」 事件は、生活苦に嫌気がさした犯人が町で歩いていた人をナイフで刺して殺したというものだった。 確かに許せない犯罪だ。 彼女の怒りは正しい。 「コーヒー入れようか。」 彼女はそういうとキッチンへ向かい、マグカップを2つ持ってまた僕のいるリビングに戻ってきた。 そして、椅子に座った彼女はニヤニヤとしていた。 「ハルくんだ。カッコイイ。」 彼女の大好きな歌手であるハルくんだ。 さっき鼻唄の作者である。 ピンク色の髪をしていて甘いマスクの彼が歌う、暗い歌。 「ギャップ萌え。」というらしい。 夫である僕は、少しの焼きもちに燃えてしまう。 また彼女の表情が変わった。 リビングに落ちているゴミに怒りを感じたらしい。 これは雨が降ると思い、僕は食器を洗いにキッチンへ向かう。 キッチンから戻ると彼女は、僕を見つめてきた。 なんだろうこの熱い眼差しは。 「ねぇ。私の魅力は何かな。」 魅力。妻の魅力。 お尻が大きいことかも。 などと答えたらたちまち機嫌を損ねてしまうから、 僕は頭を回転させる。360度回したがひねり出せない僕に、彼女はわかりやすく頬を膨らませてふぐみたいな表情を見せる。  なんともかわいいではないか。 彼女の魅力は、このかわいらしさなのだが、照れてしまうから僕は何もいわない。 僕は彼女にたまには外出しようと誘ってみた。 彼女は、嬉しそうに笑いまたあの暗い歌を口ずさみながら外出の用意をし始める。 これはつらいということなのか。 僕は彼女に今の気持ちを聞いてみた。 「嬉しいから歌ったの。幸せだからね。」 幸せでも同じ歌を唄うのだ。 僕と彼女は手をつなぎ、春の街を歩く。 春風は心地よく僕らの足を動かしてくれる。 僕はきっと横にいる彼女の笑顔を守る。 彼女とずっとこうして、笑顔に暮らして行く。 あらためて幸せを感じた土曜日だった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加