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「椎ノ木、最近運動してる?」
「なにそれ、おっさんくさいー」
「や、なんとなくさぁ、テニスしてたころが懐かしくなってさ」
「それはわかんなくもないけどぉ、してないのなんて知ってるでしょ? こうやってしょっちゅう会ってるんだしー」
「……そうだね」
変な間があいてしまった。しょっちゅう会ってる。そのとおりだ。高木は目を伏せた。
変に遠慮して声をかけづらくなってしまわないように、間隔に気をつかいながら自分が会いに行っているのだ。この関係を維持したいがばかりに。高木は自覚なく苦笑を浮かべた。泡ばかりになったジョッキを形だけあおり、椎ノ木が目だけで聞いてくる。
「そろそろ?」
「かなぁ」
お開きのタイミングも、阿吽の呼吸だ。
短いやり取りだけで伝わる気楽さと、それを失うことへの不安。
――失いたくない。そう思うのに。
「またねー」
「うん、おやすみー」
金曜の夜の繁華街。人ごみにまぎれていく椎ノ木を、立ったまましばらく見送ってから、高木はため息をついた。この背中を、何度呼び止めようとしたのだろう。声をかけるだけなら、椎ノ木は振り向いてくれるはずだ。でも、その後に続く言葉を、高木は持ってはいなかった。
お酒が入るといけないな。壊したくなる。何もかもを。矛盾した思いに翻弄されながら、高木は夜空を仰いだ。
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