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「さっぶいなぁ。熱燗飲みたーい」 手のひらに息を吐きかけながら、椎ノ木が肩をすくめる。その仕草をおっさんくさいと笑いながら、高木は慣れた引き戸を開けた。お互い飲んできたのだから、二次会と言えばそうなのだろう。けれど、こうして椎ノ木と向かい合うと、直前までの飲み会のことはすっかり抜けてしまう。 「熱燗ねー。お猪口ふたつで!」 座るなりカウンターに向かって注文を飛ばす椎ノ木を横目に、高木はうすく微笑んだ。こいつの根っから明るいところが好きだ。そういえば椎ノ木から、愚痴や恨み言の類は聞かされたことがない。苦労の多い1年間のキャプテン稼業、不安や愚痴ひとつこぼさずやり遂げたのだろうか。 高木の方は、酔うとたまにチームの愚痴をこぼすことがあった。椎ノ木は特にアドバイスするでもなく、ただ聞いているだけだったのだけれど、こちらにやんわりと注がれる視線だけで、十分癒されたものだった。 よく言えば前向き、悪く言えば軽薄にもとられる椎ノ木の性格だけれど、チームのすみずみまで気を配り、さりげなく牽引していく能力を持っている。第三者目線でそれを見てきた高木は、ひそかに尊敬の念を抱いていた。 「ねぇ椎ノ木、疲れない?」 「ん? 引退したからむしろ運動不足なくらいだけどぉ?」 「じゃなくて。たまには吐き出したくなったりとか、ないのかなぁって」 「ははっ。そっちねー。うん、あんまりない」 「うらやましい……」 からからと笑う椎ノ木。目元がほんのりと赤い。余裕だな、憎らしいくらいに。でも、たまにはあるだろう? というか、あってほしい。そして、その愚痴を聞くのは自分の役目であってほしい。 「俺、椎ノ木に頼られてみたいんだよね」 酔いにまかせて本音をこぼせば、 「え、頼ってるよ、ってか依存してんじゃん? ほら、今日みたいに呼び出しちゃうし」 「……ははっ。それもそうだね」 そうか。依存してくれているのか。高木は少し誇らしい気持ちになると同時に、面映くなって顔を伏せた。
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