7年越しのキスを君と

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 不在着信に気がついたのは、もう夕方だった。 それから何度目のため息だろう。 番号の末尾を見た瞬間に、名前がなくても誰からの電話だったのかがわかった。 『えっ、まじ。これ、(かい)の誕生日じゃん』 嬉しそうな声を上げた(たける)の笑顔は、まだ鮮やかに僕の記憶に残っている。 『0504』 彼の携帯の番号はその数字で終わっている。そして、5月4日は僕の誕生日だ。 アドレスは消しても、記憶から名前は消せなかった。 僕たちは高校の同級生で、いつでも一緒だった。 気が合って楽しくて、3年間同じ時間を過ごした。 でも、卒業式のあとに─ 『…おまえ、東京行くんだって?』  尊がぽつんと言った。 僕は尊に呼ばれて、がらんとした教室に戻ってきた。僕たちは窓際の彼の席を挟んで、向かい合って座っていた。窓の外を眺めると同級生たちがはしゃいだり、抱き合って別れを惜しんでいるのが見えた。 『うん』 『寂しくなるな』 『これきりって訳じゃないし、寂しくなったら尊が遊びに来れば』 『…おまえは、寂しくないのか』  彼の瞳が僕をじっと見つめていた。 何だか責められてるみたいだ。 そう思うのは、僕に後ろめたさがあるからだ。東京の大学を受けることを、彼には話さなかった。 『そりゃ、寂しいよ。いつも隣にいたからね』  でも、言った通り、会おうと思えばいつだって会えるじゃないか。この時の僕はそう思っていた。 そうだよ 「友達」なんだから 『おまえの方から離れてくなんて、思ってなかった』 『何だよ、急に。僕がいなくたって、彼女と仲良くやればいいじゃん』  僕は気まずさを振り切るように、わざと明るい声を出した。尊は()ねたようにうつ向いた。 『俺は…、おまえとずっと一緒にいたかったよ』  本当は僕も地元の大学を受けるはずだった。僕だって彼の近くにいたかった。 『そっか。ありがと』   これ以上話しても、余計に別れるのがつらくなりそうで、僕は立ち上がった。 『じゃ、元気でね』 『待てよ』  尊が僕の腕を掴んで、僕はその場から動けなくなった。触れた指先から彼の感情が伝わってくる。 『…なに。離して』  声が震えそうになるのを必死に隠して、僕は小さな声で抵抗した。僕より背の高い尊はしびれを切らしたように、僕を引き寄せて腕の中に包み込んだ。 『尊…、何してんの。離してよ…』 『俺から逃げるつもりなのか』  絞り出すような彼の囁きに、僕の鼓動は速くなった。彼に触れている指先さえ脈打っている。こんなに大きな音がしたら、彼に気づかれてしまうと思ったくらいだった。 『…逃げるって、何で』 『とぼけんなよ。わかってるくせに』  彼は()れたようにそう言うと、僕にキスをした。 突然の成り行きと彼の唇の熱さに僕は声も出せず、ただそのキスを受け止めるだけだった。 『…っ』  必死で振り払おうとしたけど、体がうまく動かない。 それどころか自分の体も熱くなり、彼の腕にこのまま体を預けてしまいたくなる。 ふたりの熱に僕は怖くなって、彼を押し返した。 『や…っ、たけ、る…』  唇がやっと離れ呼吸を整えていると、彼が僕の両肩を掴んで体を壁に押し付けた。 『逃げるな』  僕は行き場を失って壁に張りついた。 春風にカーテンが(ひるがえ)り、僕たちを(まぶ)しい光から隠してくれた。彼の熱いキスに、今度こそ僕は(あらが)えずに、膝の力が抜けていくのを感じた。 彼の制服の腕にすがりつくようにして、僕は床に座り込んでしまった。彼も僕を支えながら膝をついた。 『…何で、こんなこと』  やっとのことでそう言った。 『友達なら、失くさないと、思ったのに…』 『…もう、無理だよ。おまえだって、そうだろ』 『それでもっ』  僕は彼を遮るように大声を出した。 『友達のままなら、何も変わらずに今までどおり過ごせたのに』 『何も変わらないって、何だよ』  彼の口調は怒っているようにも、傷ついているようにも聞こえた。 『本当にそう思ってるのか。おまえの気持ちに、俺が気づかないとでも思ってるのかよ』 『…気づいて欲しくなんか、なかったよ』 『櫂。俺は…』 『でなきゃ、とっくに伝えてたよっ』  彼への想いを自分自身がもて余していた。 怖かった。 普通の恋愛が出来ないのも、自分が彼を好きなのも。 彼が僕に優しく(こた)えてくれるのも。 早く彼から逃げ出したかった。 距離をおけば、少しは冷静に考える時間が出来るだろうし、想いを募らせたとしても、そばにいなければ暴走することもない。 そう、こんなふうに。 彼にそうさせてしまったのは自分だ。 恋人のいる親友を好きになり、隠しきれない気持ちに気づかせてしまった。 『俺、おまえのこと、好きだよ…』  カーテンのはためく音にかき消されそうになりながらも、彼の最後の言葉は僕に届き、まだ耳の奥に残っている。
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