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「ディナーの準備が出来ておりますので、いつでもお越しください」
「ありがとう」
敵はフラットの一人だけなのか。
見る限り他の騎士は全員テセウスに寝返ったようだ。
騎士団長が代わるだけで、何も変わらないのならそれでいいと思っているのかもしれない。
ただその下には統治されているパラノイア王国の解放もある。
勿論、支配下にあれば資源や土地が大きくなり人民も増える。
ただ市民がチャーチ家の粛清を見ているのだから、ローレン家に忠誠を持って従えるかは分からない。
暴動が起こるかもしれないな。
鎮圧するのはここの騎士達だろう。
市民の暴動には生かされた一部のパラノイアの騎士達も市民として参加するだろう。
王家が名目上滅びたことで、一度腐った部分はなくなる。
チャーチ家の血が悪いんじゃない。
裏に手を引いていた組織が沢山あり、資源が横流しされていたことが問題なんだ。
市民はそのことを知らない。
これからはクリアな国にしたいというフラットの言うこともわかる。
メイドたちの話し声を盗み聞きしていた。
「フラット様は辞められたそうよ。
とても良い方だったのに、残念ねぇ」
「えぇ、そうなの。次の騎士団長はどなたかしら」
「テセウス様らしいわ。
フラット様の使われていた部屋は鍵がかけてあってね、次の人がくるまで片付けなくてよいそうよ」
俺は壁に身を隠し、フラットの部屋まで戻った。
鍵を取りにいくなんてテセウスに疑われてしまう。
自力で開けるしかないか。
部屋の扉は頑丈で針金一つで開きそうにもない。
鍵は恐らくテセウスが持っているのだろう。
意を決してテセウスの元へ向かった。
テセウスは執務室で忙しそうに書類に目を通していた。
「テセウス、少しいいだろうか」
顔をあげるとテセウスは微笑んだ。
「珍しいお客様だ。以前は一度として俺の部屋へ来たことはなかったのに」
確かにテセウスとはほとんど話したことがない。
捕虜の間、フラットに怒られているのを部屋で見るか、食堂で会うだけだった。
真面目なやつな割に面白くて、お酒に強い。
テセウスは悪いやつじゃないのは分かっている。
だが、友人を放ってはおけない。
あの憎らしい笑顔がちらつく。
ー『リードがチェス強いから暇しないよ。いい相手が出来た。
君はもっと体力派だと思ってたよ』
フラットは優秀だったが故に学生時代から敬遠されていたところもある。
『僕は友達いないから。一日この執務室兼寮で過ごしていた』
俺はテセウスの前の来客用ソファに腰掛けた。
「それで、俺に何の用事だろうか」
「良かったら俺も隊に入れてもらえないだろうか」
テセウスは立ち上がって俺に近づいた。
「なんだ、願ってもいない申し出だよ」
彼は俺の横に座った。
「勿論だ。君の部屋も準備するよ」
「ありがとう。参考に君の執務席を見てもいいか」
「どうぞ」
彼に促されて彼の机に近づく。
「質素だろう」
「いや、まとめられている。
俺の執務室よりよっぽど」
机の上に鍵らしきものはない。
あるとしたら、引き出しかそれとも。
俺は机の上のものをわざと落とした。
「すまない。すぐに拾う」
床に屈み込むと探すふりをして机の下を物色した。
机の下には特に鍵を隠していそうな仕掛けはなかった。
「良かったら騎士のリストを見せてもらえないだろうか。
今後の参考に」
「あぁ、どうぞ」
テセウスは首から下げていた紐を胸元から取り出すと、何本かぶら下がっている鍵から一つを掴み、引き出しの穴に差し込んだ。
引き出しから保管されている書類が出てきた。
鍵をかけるなんて厳重に管理しているんだな。
「名簿順に並んでいる。写真や年齢、家族構成に至るまで把握している」
「なるほど…ここで少し見ていっても」
「持ち出しは厳禁だから、気が済むまでここで見ていくといい」
あの首の鍵のどれかか。
「珈琲をいただいてもいいだろうか」
「ええ、そこの棚にありますので。インスタントしかないですが」
書類から顔をあげない。こういうところはフラットに似てるな。
俺はこんなときの為に用意していた睡眠薬を取り出した。
「眠気覚ましに一杯どうぞ」
彼に珈琲を差し出した。
「非常にありがたいのだけれど、こんなお願いを友人にするのはどうかと思うが、理解してほしい。
毒見をしてみてくれないか。同郷の仲間といえど万が一のことがある。君のことが信用できない訳では無い」
俺は彼に差し出した珈琲を一口すすった。
「これで満足かい」
「失礼なことをしたことは詫びるよ」
たっぷりと自分のカップに砂糖を入れると、彼は俺に砂糖を勧めた。
「いや、甘いのは苦手でね。結構だ」
テセウスは椅子に座るとうつらうつらとしだした。
「急に睡魔が…客人が来てるのに悪いね。
寝不足が祟ったかな。失礼、仮眠をとらせてもらう」
テセウスはソファの端に足を上げ、横になって目を閉じた。
息を止めて彼に近づく。
彼は腕で視界を塞ぐようにして、寝息を立てていた。
首に手を伸ばす。
「なんだ。俺狙いだったのか」
耳元で低く呟いた。
薄く開いた目が俺を見ている。
「あ、いや」
「だったら早く言えば良かったのに…」
彼の腕は俺の腰に回され、ソファに膝を着いた。
この流れはまずい。完全に勘違いされている。
「なんて、冗談だよ」
「えっ」
「布団をかけてくれようとしたんだろう。すまないね」
手に持っていたコートを勘違いしたのだろう。
「あぁ、気にしないでくれ」
咄嗟にブランケットを取り、彼にかけた。
やっぱりテセウスは予想通り頭がいい。
珈琲の毒見を俺に頼むと見込んで、砂糖の方へ睡眠薬を忍ばせた。
彼が珈琲に山盛りの砂糖を入れる甘党だと知っていたから。
「本当に悪いけど、少しだけ一人にさせてくれ」
今度こそ彼は力なく腕をだらりと下ろした。
テセウスの首からゆっくりと鍵をとり、ナイフで紐を切った。
フラットの部屋へ見つからないように向かった。
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