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さっきまであんなに強気だった男が今は俯いている。
「僕はこういうのに疎いんだよ。今まで誰とも恋愛関係に発展したことがないんだ」
フラットは耳まで赤くなった顔を上げた。
「こういう時にどういう顔をしていいか分からない」
「てっきり、遊び慣れてると思っていた」
俺は見たことのない表情に戸惑っていた。
「女性に言い寄られることはあったが、ずっと僕は君に片思いだった。いまこうして君と思いが通じて」
「静かに」
手で口を塞ぐと彼は驚いたように目を開いた。
追手は目の前を通り過ぎていった。
「狭いな。もっと奥に寄れないか」
俺が少し奥に詰めると、より距離が近づいて彼の香りが強くなった。耳元で呼吸音がする。
もうどちらの心臓の音か分からない。
やばい、俺の理性が崩れそうだ。
彼の首筋に汗が流れる。
きめ細かい肌と長い睫毛が視界に入る。
「そんなにジロジロと見ないでくれないか」
「しょうがないだろう。狭いんだから」
すると彼は吐息を漏らした。
「耳元で話さないでくれ。腰にくる」
俺の背に回された手が少し震えている。
俺に身体を預けるように寄り掛かり、彼の首元のクラヴァットが俺の頬に触れる。
薄く開けられた目が俺の方をじっと見つめ返している。
こんな関係になるとは思ってもいなかった。
俺達は敵国の騎士だったのに。
****
剣の先が銀色に光る。
その剣を首筋に当てられ、跪いている男がいる。
「残念だ。こんな形でお別れになるとは。
もう少し、君と楽しめたら良かったのだけれど」
強い風が吹き、彼の前髪を巻き上げた。
黒い瞳はじっと男を見つめている。
「何か言い残したことはないか、リード」
名前を呼ばれピクリと反応し顔を上げた。
彼は唇を強く噛み声を絞り出した。
「姫様だけはどうか。俺のことはどうだっていい、どうしようが構わない。フラットこの通りだ」
リードは強い眼差しを彼に向けたが、彼の冷たい瞳は揺らがない。
「この場に及んで泣き言を言うのか。
君に限って、最期の言葉がそれとは。
悪いが、姫様の無事は保証出来ないよ」
彼は強がっていた姿勢を崩し完全に戦意喪失した。
彼は着ている薄汚れた服の裾を握りしめていた。
「くっ…殺すなら、早く殺せ。
姫様を守れなかった俺に生きている資格はない」
剣を目前にすると、やはり彼の肩は震えていた。
「君は実に優秀だった。僕の宿敵として相応しかった。
こんな人材は他の国にはいないよ。君を無くすとは、惜しいことをするな。
僕の手で君を殺めたくはない」
沈黙が続いた。
「君にチャンスをあげよう。
我がリザ姫の左腕にならないか」
顔を上げた彼の目には怒りの色が見える。
「屈辱的だ。他の主に騎士として仕えるなんて、寝返ったと思われる。
それに、ソフィア姫がいなくては俺の価値なんて」
フラットは笑い声を上げた。
「勘違いしないでほしいな。
城は攻め落としたが、虐殺は行っていない。
兵達は姫の下につくように説得し、つかない場合は家族と船で別の国へ分けて流した。今後、団結できないようにね。
勿論、姫の下についたら、僕達の兵と変わらずとても良い待遇をしている。良心的だろう」
リードは歯軋りをした。
「ソフィア姫がいなくなった以上、俺に生きる目的はない」
「君が死ぬことも出来ないよ。
君の命を握っているのは僕達だからね、諦めたまえ。
ソフィア姫が君のそんな姿を望むと思うかい。
もし、僕が君を殺さなかったとして、廃人になった君を見てなんと言うだろうね」
彼は沈黙したまま、項垂れた。
「まぁ、いい。こんなところで話もなんだし」
リードの手首を後ろで縛ると、歩き出した。
城の扉が開くと、使用人らしき女性達の歓声が湧いた。
「おかえりなさい、フラット様」
リードは俯いたままフラットの後ろをついて歩いた。
コソコソとリードのことを話す使用人の他に何人かの騎士が呟いた。
「フラットの下で捕虜になるなんて可愛そうに」
「あの人は厳しいからな」
フラットは昔からシビアなところがあり、常にニコニコしているわけではない。
部屋に招き入れられた。
装飾の施されたテーブルやカーテン、ベッドが並び不似合いだ。
部屋は明かりが点り、適温に保たれている。
「俺を捕虜にするには、随分と綺麗な部屋にいれるんだな。
汚くて暗い監獄か何かだと思っていた」
フラットは彼を振り返ると微笑んだ。
「それに近いよ。くつろいでくれ、お茶でも飲むかい。
さっきも言ったけれど、リザ姫の騎士になってもらう。捕虜にはさせないさ。
朝昼晩の食事付き、部屋もあるし、給料だってトップクラス。悪い話ではないと思うが」
「ならないと言っただろう。なるくらいなら死んだ方がマシだ」
「ふうん。本当にそう言えるのかな」
剣を壁に立て掛けると、フラットは机の上の紅茶を飲んだ。
「残酷なことを言うようだが、貴様が選べる立場ではない。王様と妃様は自害したよ」
彼は言葉を失った。腕が震えている。
「勿論、僕の下で働いてから姫の騎士になってもらう予定なのだけれど。
仮に君を騎士にしても、従順に見えて、いつ君に僕や姫を殺されるか分からない。
だから、条件を提示するよ」
縛られた腕を外そうと腕を動かしている。
「貴様もすぐに消すつもりだったのだが、僕の一存で生かした。そして、ソフィア姫は殺していない」
ハッと彼はフラットを見返した。
「嘘じゃない。君だって、学校時代に嘘をつかれた記憶ははいはずさ」
「ある」
「あれは、まぁ、君が面白かったからだよ。例外」
「本当なんだな」
頷き、彼はリードに近づいた。
「姫様を保護しているのは僕の元上司だ。
今はとっくの昔に引退し、隠居している。
彼に頼んで、国に隠して匿っている。
姫は死んだことになっているが、姫様の命をどうするかは僕達次第。
もう、残っているのは姫様と国民、兵達。
姫以外はこちらに取り入れたからね。国民も今は僕達の手の中さ。さぁ、どうするかな」
「俺が従順に働けば、姫様は生かして自由にさせてくれるんだな」
「勿論そう。僕だって紳士だから、約束は破らない。
彼女は今は身寄りがいないから、僕の上司と田舎でゆっくりと暮らしているところさ。
美味しいご飯を食べて、規則正しい生活をしている。
君さえよければ」
リードは頷いた。
「分かった。話を飲もう。そして、いつかソフィア姫と会わせてくれ」
「うーん、勝手に提示するとは。
まぁいい。それくらい許してあげよう、昔のよしみで。
今日からこの部屋で生活してもらう。僕と一緒に。
よろしく」
リードの顔色が変わった。
「こんなこと、聞いてないぞ。
それに貴様みたいな野郎と同じ部屋に過ごすなんて、虫酸が走る。綺麗な女性ならまだしも」
「まーた、そんなこと言う。君とは学生寮で同じ部屋だったじゃないか。
別に変わらないだろう。ただ単に、見張りと教育係りとして四六時中一緒にいるだけ」
「文句を言っても、また脅して強引に条件を飲ませるつもりだろう。
はぁ、何でこんなことに」
リードは恨みがましくフラットをみた。
彼を解放するでもなく、フラットは優雅にお茶をのみ、鎧を外した。
「これ、本当に肩がこるな。あ、リードのこと忘れていた。
喉が渇いていないか」
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