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「そりゃ、さっきまで戦場にいて殺されかけていたんだから喉は渇いている。
しかし、この状況で飲む気にならないだろう。
敵地の本部でしかも、この国の隊で一番強い騎士の前でだ」
「嬉しいことを言ってくれるね。褒めてもなにもでないよ」
横顔を眺めていると長い睫毛がふわりと動く。
細い指がティーカップを持ち上げ、口許に持っていく。
彼はチラリとこちらを見て微笑んだ。
「なんだか懐かしいね。あの日のことを思い出すよ」
「気持ち悪いぞ」
お互い制服姿が目の前に甦る。
フラットはベッドに腰掛けていた。
「昨日の実技はどうだった」
「いや、別に。ていうか、お前は余裕だったんだろう」
フラットは足を組んで、読んでいた本から顔を上げた。
「まぁね」
リードはというと、校則を破った罰で椅子に縛られて机上の参考書を読んでいた。
かろうじて指先だけ動かせる為、頁をめくっていた。
「そろそろ身体が痛いだろう。
何をしたのか知らないが、酷い罰だね」
「うるさい」
リードはフラットを睨み付けた。
暫く続いた沈黙を破ったのはリードだった。
「これ、ほどいてくれよ。
トイレや食事にも行けやしねぇっての」
フラットは本に目を落としたまま低く呟いた。
「却下。僕がほどいたことがバレたら、同罪で僕にもデメリットだからね」
リードは舌打ちをした。
「非情なやつめ」
「早くこれを解いてくれ。って言ってもお前はきいてくれないだろうがな」
フラットは彼の背後に立った。
「今の状況は前と違うよ。僕はあくまで君の教育係で、監獄の看守ではないんだから」
フラットはゆっくりとリードの腕から縄を外した。
呆気に取られていると、彼はデコピンをした。
「マヌケ面…」
「お前本当に口悪いよな。女人気あるのに、世の女がお前の本性を知ったら落胆するだろうなぁ。
高貴な美形の騎士様」
フラットは気にも留めず窓の外を眺めた。
リードは肩を回しながら冷蔵庫に向かう。
「僕は別に人気を求めているわけじゃない」
冷蔵庫を開けると、中にはビールとワインしかない。
「不健康だな。いつまでたっても家事だけはできないもんな」
リードはビールを取り出すと、一気飲みをした。
「やめておけ、空腹で飲むとすぐ回るよ」
フラットが視線を向けたが、仏頂面でそのままソファに腰を落とした。
「夕食はシェフが用意してくれる。好きなだけ食べていいよ」
「それは有難いこった」
リードが横目で見ると、フラットは無邪気に笑った。
「君の味覚に合うようなものはないかもしれないけど」
リードは味覚音痴で有名だった。
いつも檸檬を齧ったり、昼食にキノコ等を食べていた。
騎士は体力がいるため、肉が好物の奴が多くいる中で異様だった。
「風呂に入ったら休んでいいよ。
僕の部屋でもあるんだから、くれぐれも最低限のマナーは守ってほしいね。シャワールームは」
「いい、知ってる」
つくづくうるさい奴だと呟き、一階の共用シャワールームに向かった。
部屋を出ると長い廊下が続いていた。
壁の額縁や花瓶、扉の装飾まで聞いていた通りだった。
諜報員から聞いていた俺達はこの城を攻め落とすはずだった。
間取りまでちゃんと調べ作戦も綿密に立てていたが。
シャワールームに入ると、視界が湯気で曇っている。
数名の屈強な男達の背中が見える。
掛かっている服を見ると騎士だったり、執事だったりシェフ等と色々だ。気に留めず一つの個室に入った。
忙しかったな。今朝から一気に俺の人生は変わった。
拳を打ち付ける音が響いた。
熱いシャワーが身体をうつ。
どうすれば、よかったんだろうな。
幸せとは言えなかったが、プライドを持ちチャーチ家に仕えていた。軍門に下ることになろうとは。
悔しくて歯を食い縛るが、泣くことは出来ない。
俺は全く納得してないし、逃げてしまおうか。
考えていてもしょうがない。ソフィア様はまだ生きているのだから。
ある一つの考えが閃いた。やってみる価値はあるかもしれない。
個室から出て、身体を拭いていると横を見覚えのある背中が通りすぎた。
はっと顔をあげると、やっぱりあの髪色と肩の傷は知っていた。
「おい、ちょっと待ってくれ」
男が振り返り、目を見開き声を上げた。
「リード」
「オスカー、生きてたのか」
俺達は抱擁を交わした。
「無事で本当によかった」
オスカー・ホリーは元々庭師だったが、俺達の城が陥落したときに既に死んだと思っていた。
「騎士のフラットの元に優秀な騎士が擁護されていると聞いていたが、君のことだったか。
それと、姫様のことは残念だった」
彼は頭を下げた。彼の落ち込みようを見て、伝えることにした。
「君にだけ話があるんだ。耳を貸してくれ」
彼は黙って頷くと、部屋の端で耳を傾けた。
俺は極力小さな声で耳打ちした。
「よく聞いてくれ、ソフィア様は生きてるんだ」
彼の喜ぶ顔を見たかったが、予想外に彼の顔は青ざめていた。
「どうしてそれを」
「フラットから聞いたんだ。オスカーも奴等の思惑通りここの騎士や召し使いにされたんだろう。心配しなくていい。
俺がいずれはソフィア様の元に戻るから」
彼は何故か目を泳がせていた。
「戦友の君には話したいことがある。いや、話さないと駄目なことが。
今から少し飲めるか」
俺は頷くと、オスカーに着いて出た。
すると扉のすぐ前に綺麗な紺青髪の男が立っていた。
「あれ、もう友人が出来たのかリード。早いね。
それとオスカー。久しぶりだね。
無事に帰ってきてくれて良かったよ」
「フラットさん。お久しぶりです」
フラットは俺に近づくと意味ありげに微笑んだ。
「君が逃げ出すんじゃないかと思って待っていたんだ。飲みに行くのは全然構わないよ。
ただ、団結されちゃ困るからね」
「うっせぇ、ストーカー」
いつも落ち着き払っているオスカーが狼狽えた。
「おいリード、騎士団長の前だぞ」
「いいんだよ。リードは俺の同級生で幼馴染みみたいなもんだから」
オスカーはペコリと礼をすると俺を食堂に引っ張っていった。
ワインを飲みながら食事に手を着けた。
確かに味はとてもいい。
腕のいいシェフがいるんだろうな。
「フラットさんはハリス家に従事している中で階級は最上位だ。
噂には鬼の剣士と恐れられている」
「勿論知ってる。だが、君だって知ってる通り俺もチャーチ家の最上位騎士だ。彼とは同じ歳と経歴だし」
彼は俺の目をじっと見据えた。
「君に告白しなくてはいけないことがある」
何を急に大真面目になったのかと訝しげに見た。
「俺は、本当はここの諜報員なんだよ。潜入で庭師と看守をチャーチ家ではやっていた」
彼は項垂れて言った。
「つまり君を裏切ってたって訳だ。元々、ハリス家に従事していながらチャーチ家に忠誠心を持っているふりをした。
城を攻め落とす計画まで中心で指揮をとっていた」
開いた口が塞がらない。そういうことか。
ストンと腑に落ちた。
悲痛な面持ちで彼は俺を見る。
「どうか許してくれ。俺達の仲に偽りはないんだ。
ソフィア様への忠誠心も」
裏切り。オスカーが。
彼が次に口を開く前に切り出した。
続きを聞くのが怖かった。
「俺達が城を守ろうと戦っていた時に君はどんな思いで見ていたのだろうな。
君の役回りは戦術としてどの国でも必要とされる。
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