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だから、君を責めるつもりはない。
ただ、とても残念だ」
もうこれ以上言わないでくれ。
「この話はもういい。君は一足先にこの城に戻っていたんだな。
無事で良かったよ。乾杯しよう」
彼は困惑していたが俺が思っていたより取り乱してなく安堵しているようにも見られた。
「あぁ、乾杯」
部屋に戻ると、フラットが机に向かっていた。
その時、現実を突きつけられた。
俺は捕虜のようなものだったな。
「おかえり。遅かったね。てっきり逃げたかと」
俺が睨むと笑っていた。
「冗談だよ。真に受けないでくれよ。
僕はまだ報告書などが残っているから寝れないな。
リードは寝てもいいよ」
顔のわりにチャラチャラしているところがあるフラットだが、学生時代から勉強等はしっかりとしていた。提出物は完璧だったし。
「ちゃんと仕事をしてるんだな」
「まぁね。騎士長だから新人育成など色々あるんだよ。また手伝ってもらおうかな」
この部屋にベッドは一つしかない。
「野郎と寝たくねぇ。俺は床で寝る」
「やめときなよ。明日の訓練に響く。
僕は隣の部屋のベッドで寝るからここで寝れば」
入り口は一つでいくつも部屋があった。
騎士長は優遇されているな。
正直へとへとで酒も回り睡魔に襲われていた。
倒れこむようにベッドにうつ伏せると、目を閉じた。
不思議と男の匂いはしない。
「流石、騎士長。
部屋の数が多い上にベッドも複数あるとは。
多くの女を連れ込んできたんだろう」
「なっ、僕は女を連れ込んだことはない」
フラットが狼狽えた。面白い。そういえば昔から純情なとこがあったな、好きな女性には奥手というか。
「今度、口説き落とす方法を教えてやるよ」
「いらん」
背中を向けたまま微動だにしない。
「僕は寝るから。電気は消せよ」
隣の部屋に入っていった。
俺はこの事態に今だ理解できず、暫く考え込んでいた。
自分の部屋で今晩も寝ているはずだったのに。
野郎の部屋で寝ることになるとは。
わがままで性格はとても悪かったが、ソフィア様のことは好きだった。
時計の長い針が二週回ったところで我に返った。
実行するときが来た。
ベッドの上の無防備なその背中に近づいた。
息を殺して足音は消す。喉がカラカラに乾いてきた。
手を伸ばしテーブルのフォークを手に取る。
ベッドの脇に立ち見下ろす。ここに一刺しできれば。
「寝首をかくつもりなら、やめておけ」
心臓の音が聞こえる。
寝返りをうった彼の目が薄く開かれた。
「さぁ、ばれてしまった。この先どうするか。
そこにあるフォークで僕を殺すか。
紐ならいくつだってある。
僕のネクタイやベッドの紐、服のベルト。
さぁどれを使う」
目がゾッとするほど冷たかった。
いつものふざけた調子ではなく、低い声が響く。
瞬間に殺意が目に見えた。
「自分と姫の命が狙われたら、話は別だ。
みすみす殺されてやるわけにもいかない。
僕だって容赦はしないよ」
彼は裾から短刀を取り出した。
腕が同等くらいの相手に至近距離で狙われたら、俺も勝ち目がない。
「冗談」
後ろに下がった。これなら、拳銃でも用意しておくんだった。
頭を撃ち抜いて即死。
「僕を殺したら解決で大団円。
下部になるくらいなら殺してしまえと。
友人だと思っていたのに残念だ」
月が彼の横顔を照らす。瞳に光が反射する。
「殺せるならいつでもその首を狙う」
「やれるもんならやってみろ」
彼は本気にしていないのか、手を振って俺の横を通りすぎた。
「目が覚めてしまった。これじゃ寝られないな。
飲まないか」
どれだけ俺のことを馬鹿にするのか。
俺も背中についてダイニングテーブルに向かう。
壁に掛かっている年代物の高級ワインを手に取り、グラスに注ぎ、俺の目の前に置いた。
「どうぞ」
俺は不貞腐れつつ喉に流した。口当たりがよく渋さも感じる。
「危機管理が出来てないな。僕が毒でも盛ってたらどうする」
彼の笑う横顔を懐かしく感じる。ついさっきまで殺しあっていたのに、気が変になっているのだろうか。
「そーいえば、ハリス様はヤード・サック王子の失脚により騎士団長を解雇されたらしい。何やら失脚したのは、あのホール家の令嬢が関係しているとか」
「へぇ」
向かいに座り顔を眺める。
「ホール家の令嬢の婚約パーティーに今度呼ばれる。
元軍人のエルマンド・ターカーがアプローチをかけて落としたということらしい。
良ければリードも来るといいよ」
「今はとてもそんな気分になれない」
「君もそろそろ相手を探すとかいいんじゃない」
俺が黙って首を横にふると、彼は困ったように僅かに眉を下げた。
「気晴らしになるからさ。
現状はすぐにどうこうなる話じゃないだろう。
あぁ、その際に令嬢の執事であるサン・ロマーヌも見てこよう。
奴は切れ者で面白い話が出来そうだ」
「あぁ。俺も行くことにする」
彼は口角を少しだけ上げた。
「そのサン・ロマーヌとやらに興味が沸いた。
あと、ソフィア様と会えるようになるまで精進する。
塞いでいても仕方がないな。
俺が何をしたところで俺の世界は何も変わらない。
国が返ってくることも、ソフィア様に会えることもない」
俺の部下達も既に遠方に出ていっているし、その他はこの城で仕えている。
「物わかりがよくて良かったよ。酔いが回ってきたし寝るから」
背中を黙って見送った。
彼は廊下の途中で振り返ると俺の顔をじっと見つめていた。
「今度やったら分かるね?」
「わーってるよ。おやすみ」
今日はもうけしかけるつもりはない。また明日、最短の解決策を考えよう。
俺は慣れないベッドに寝転がり天井を見上げた。流石に豪華絢爛なシャンデリアがぶら下がり、月が窓から覗いている。
今日は満月か。首から下げたペンダントをシャツから出し、光にあてる。
「約束を果たそう」
タキシードの姿勢がいい男が目先に立っている。
彼は騎士の集まりの中に入ると小柄で華奢な方に入りそうに見える。
フラットが顎で彼を示した。
彼の近くへ行くと、フラットはにこやかに話しかけた。
「サン・ロマーヌ君だね。話に聞いているよ」
振り返って彼は丁寧にお辞儀をした。
上げた顔は同年代だと思うが、大人っぽい。
「フラット様についても存じ上げております。ようこそお出で下さいました。お目にかかれて光栄です」
フラットは持ち前の積極的さで彼の肩を抱いた。
「君とはもう少し親密に話をしたいんだよ。目上のようなご丁寧な話し方はやめようじゃないか」
「騎士長さまには恐れ多いです」
彼は困った顔で言う。俺は助けに入ろうと近づいた。
「どうも。仕えているお嬢様がご結婚とはおめでたい。呼んでくれてありがとう」
彼は俺の顔を見ると、フラットと見比べた。
フラットは意味ありげに僕の連れだ、と言った。
彼はなんだかやけに居心地が悪そうにしている。
「貴方はリード様」
「なんだ知っているのか」
「ええ、とても強い騎士だと聞いております」
国は近隣だけでも6ヶ国が隣接している。多くの人民も多くの土地もある。
小国の騎士の名前なんて知ってるだろうか。
「隣国でも騎士の話をするのか」
彼は頷いた。
「ええ、ここだけの話ですが引き抜きを考えている国も多くあります。
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