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彼はそのまま静かに部屋を出ていった。
扉の重い音だけが響いた。
フラットの机の引き出しを引くと、中には報告書が入っていた。
極秘と書いてある。
恐る恐る手に取り開いてみる。
そこには麻薬や武器の流通ルート、横流しされている穀物や家畜についても事細かく調べてあった。
フラットの言っていたことは嘘ではなかった。
「忠誠を誓った王。元々相容れない方だとは思っていたが」
街の人々は裕福とは言えないが幸せに豊かな生活をしていた。
穀物や家畜が横流しされていたなんて。
ちゃんと市場に出ていればもっと豊かだったのに。
それに水脈のある山を隣国に売るつもりだったようだ。
常に綺羅びやかな装飾をつけて、大きなサファイアやルビーの指輪をしていた。
俺の安寧を揺るがせたどころか失わせたフラットを許すわけにはいかない。
だけど、俺は昨日ほどの絶望はなかった。
今の生きる目標はソフィア様に会う、ただそれだけだ。
部屋に戻ってきたフラットに話しかけた。
「俺は何をすればいい。身体もなまっているし。
監禁されてもう何日も一日なにもしていない。
暇に過ごすのも飽きてきたところだ」
「うーん、君にしてもらうことは」
フラットは頬杖をついた。
「食事を美味しそうに僕の目の前で食べることだけだ」
「は?何言ってるんだよ」
「僕は外泊はしないから毎日帰ってくるし」
「なんだよそれ。答えになってねぇ」
フラットは目の前のデスクで書類を見ていた。
ノックの音が響き、どうぞと声をかける。
「夜分遅く申し訳ありません。実は近頃、隣国に極秘情報が流れていることが分かりました。内通者がいるのではという噂が回ってまして」
一瞬にして空気が変わったのが分かった。
「内通者がいるだと。何をしている。早く探せ。
それとアルバートが怪我をしたらしいと聞いた。
指揮隊長の貴様が様子を見ていなくてどうする。
アルバートの怪我の調子はどうだ」
「申し訳ありません。もう随分と良くなっています。
あと一週間程で復帰出来るかと」
「もう下がっていい」
話を遮るように冷たい声が響いた。
部下は部屋を出ていった。
「少し厳しいんじゃないのか。いつか恨みをかうぞ」
「それくらいでいいんだよ。
優しい上司だと緩んでくるからね」
「それに意外とちゃんと仕事しているんだな」
「心外だなぁ。仮にも騎士長だからね」
彼はさっきの顔は嘘のように微笑んだ。
あれ、俺に甘くないか。
フラットは本当に俺に何もやらせない。
そうは言ったものの、そのくせ一緒にご飯は食べない。
忙しそうに手元の資料に目を通していて、完全に放置されている。
仕事で一日家を空けるときもある。
なんだよそれ。本当に捕虜なのか疑わしくなってきた。
何か他に目的があるのではないか。
逆に自由に出来るということを逆手に取れば、ソフィア様の居場所も調べられるかもしれない。
*****
フラットは夕食の時間に戻ってきた。
「何してたんだよ」
「別に。遊んでたんだよ。
リードと違って友達も多いんだ」
服と髪が濡れている。
頬には大きなガーゼが貼られていた。
「あーあ、綺麗な顔が台無しじゃないか」
皮肉を一言言ってやらないと気が済まない。
「そうだな。僕の完璧な顔が。無様だと僕を笑うがいい」
フラットはどこか疲れているような、いつものように言い返しては来なかった。
こんな雨の日に外で何をやってたのか。
「僕だって息抜きする時間がないと」
「俺なんか捕虜にされてこんなとこに監禁されてるじゃないか。酷い話だ」
フラットは何故か笑っていた。
「僕たちは一度は別々の道を選んだ。
ここで君に会えたことは運命だと思ってる」
「なんだよそれ。気持ち悪い」
次の日も、その次の日も俺の目を盗んで外出していた。問い詰めてもいつもはぐらかされる。
別になんでもないと。
お茶会に出ていただの散歩だの。
でも、何回かに一度は明らかにフラットは落ち込んで帰ってくる。
あの高慢で口の汚いフラットのこんな姿を俺は見たことがない。
興味が半分、もう半分は何だろうか。
ある日、こっそりと後をつけていくことにした。
変装はフラットの部屋にある、あらゆるものを使った。
一日目は確かにフラットが言っていた通り、隣国の王女のお茶会に参加していた。
王女と言っても年増の俺たちより一回り以上は年上に見える。
それから次の日はフラットは城の裏の山に入っていった。
どこに行くんだろうか。息を殺して尾行するとそこには小さな小屋があった。
彼は小屋の前の開けた場所で剣術の練習をしていた。
小屋の裏に回ると馬小屋がありフラットは愛馬の世話をしていた。
彼は何時間も毎日、鍛錬をしていた。
なんだ、思ったよりも普通じゃないか。
ここは誰も通ることのない裏山だ。
わざわざこんなところに来なくても。
そうか、こいつはこういう奴だったな。
全てうまくいっているように見える。
「僕に全てが味方するんだ。運や神でさえも」
その顔が憎らしかったときもあった。
才能と努力の賜物だった。
一生かけても彼には敵わない。
だけどまだ彼の怪我についての謎が解けない。
彼は酒は飲んでも酔った奴に殴られなどしないのだから。
身体能力的なとこもあるし、あのプライドの高いフラットがみすみす殴られてやるわけもない。
前ほど頻繁にではないが、それから気が向いたら俺はあいつの後をつけた。
フラットは小綺麗な家に入っていった。
誰の家だろう。
まさかあいつ、こんなところでうつつを抜かしていたのか。
中から怒号が聞こえてきた。
覗くと彼は必死に頭を下げていた。
外に出てきた彼は泥だらけになりながら、引き続き頭を下げていた。
この間の怪我はこれだったのか。
それから馬に乗ると森林の奥にどんどんと入っていった。
俺も着いて行くと丘の上に出た。
開けた丘の上には沢山の十字架があった。
彼はそのうちの一つの前に立っていた。
「フラット」
フラットは俺を見て目を開いた。
「なんでここに」
「それはこっちの台詞だ」
彼はいつもは見ないような哀しそうな目をして言った。
「友人の墓参りだよ」
彼の後ろには白百合の花畑があった。
「僕は君の国を愛していた。だから、守りたかったんだよ」
「それでも俺は許していない」
フラットは哀しそうに微笑んだ。
「そうだね。許されるとは思っていないよ」
その姿に無性に腹が立った。
俺の苦悩も知らないで。
「俺がどれだけ毎日眠れないか」
「じゃあ、一人で守り抜けたというのか。君が」
間髪入れずにフラットは強い口調で言い返してきた。
それは、どうだろうな。
俺は裏の話すら知らなかった。
全く気楽な奴だった。
きっと内乱や事件が起こってから気がついたのだろう。
「ソフィアは自害したよ」
息が止まる。
「今なんて言った」
思考が追いつかない。
呼吸が浅くなる。心臓が大きく拍動し冷や汗が流れた。
「だから」
「なぜだ。なぜソフィア様が自害しなければならないんだ。国のことを知らせたのか。
貴様らが劣悪な環境に監禁したんじゃないか」
フラットの言葉を遮るように問い詰めた。
「ソフィアには田舎暮らしはただの療養という風に伝えてるし、悲しまないように王と妃は事故で死んだことになっている。
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