騎士団長は捕虜になった俺に何故か甘すぎる

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いつもリードに詰められて、僕が謝っていたっけ。 今は逆転してしまったね。 実は僕、君と出会ったのは学校が初めてじゃないんだよ」 「どういうことだ」 チクチク痛む傷口を多少乱暴にガーゼと包帯を巻かれて、あの夏を思い出した。 「幼少期に君と遊んでいた。覚えていないかい?」 手には貝殻に紐がついたものを持っていた。見覚えがある。 親の仕事で着いていった土地で、いつも近くの向日葵畑で近所の子供と遊んでいた。 その中の誰か。 そういえばずっと屋敷に籠もっている子供がいた。 その子は泣き虫ベンジャミンと言われていたっけ。 たまに出てきては一緒に遊んでいたっけな。 その子に海辺の砂浜で取ってきた貝殻をあげた。 「あのチビでフリフリの服を着ていた泣き虫ベンジャミン」 彼女は金髪でフリフリのレースのついた服を着ていた華奢な女の子だったはずだ。 いつも俯いていてからかわれていた。 今思えばあの辺りで彼女ほどの美人はいなかった。 透き通る白い肌に綺麗なサラサラの金髪。 あれは皆、ベンジャミンが可愛くて好きな子をいじめたくなるような気持ちだったんだろう。 「でもベンジャミンは女だったはず」 フラットは頬を赤らめて頭をかいた。 「お母さんの趣味なんだよ。元々お姉ちゃんと二人兄弟で可愛い服を着せられていてさ」 「じゃあ、ベンジャミンって…」 そういえば何故気づかなかったのだろうか。 「僕はフラット・B・ジーク。ミドルネームで呼ばれていた。 確かに女の子だと勘違いされていたこともあったね」 あの美少女がフラットだったとは。 一夏の恋もこの一言で泡のように消えた。 「信じられねぇ。泣き虫で俺に泣かされていたくせに。 今は俺が好き勝手されて」 治療が終わり部屋に戻った。 「あのとき、リンの為に闘っただろう。僕は正義感が強いリードのそういうところが好きなんだ」 昨日まで散々俺のことを適当に扱ってきたのに急にこれか。 「褒められても何も出ないぞ」 「分かってるよ」 フラットは久しぶりに純粋な笑顔を見せた。 学生時代の彼のままだった。 「大人になるのは嫌だね。色々なしがらみがあって。 君が変わらずいてくれることが僕の唯一の希望であり望みだ」 ソファに腰掛けて今日のことを思い出していた。 さっきまで俺はフラットと敵対していたのに、いつの間にか仲直りどころか、生きる意味を一緒に探してほしいなんてどうかしてる。 「まるでプロポーズじゃないか」 自分で口に出てしまったかとはっとした。 しかし、その声は自分の声ではなかった。 気を抜いていたのか、直ぐ側にフラットがいたことに気が付かなかった。 「僕じゃ駄目だろうか」 耳の横で金色のピアスが揺れる。 「ふざけるなよ」 鼻と鼻がくっつくような距離に近づいた。 香水のいい香りが鼻をくすぐり、金色の髪が俺の頬に当たる。 「昔から君のことが好きだった。 もっと素直に早く言っておけばよかった」 気恥ずかしくなるくらい痺れる声で耳元に囁いた。 俺の手を握り指を絡めた。 強さは五分五分のはずのフラットに抵抗出来たはずなのに、抗えなかった。 俺の気持ちがそうさせたのだろうか。 気がつくとそのままソファに押し倒されていた。 俺のことをじっと見つめている。 その瞳に引き込まれそうだ。 「ソフィアの元に行かないでくれ」 横を向くと、質のいいソファの柔らかく細やかな布が頬に当たっている。 彼の長い金髪とクラヴァットが俺の胸の上に落ちる。 今の状況で場違いだと分かっているが、ふと、学生時代を思い出していた。 「隣の教会見たか、凄いかわいい子ばっかり」 ヘクターが俺達の席に来た。 「へぇ、確かにかわいい。ほら」 「僕はそういうのはいいよ」 フラットは手元の本に視線を戻した。 「そんなこと言って…狙いは誰だよ」 この間、三人で教会に行ったときに見習いのシスターがいて、名前を聞いたのだった。 「いや、いない」 俺は誰にでも手を出していた訳では無いが、かわいい子がいたら声をかける。 それなりに俺のファンはいたし。 「本当に初心なんだな。まさか歳上が好きなのか」 「んん、まぁね」 一瞬考えたように顔を上げた。 「僕の信仰している宗教は婚前の交渉はご法度なんだよ」 「なんだよ、面白くないな」 それから俺はシスターの一人に声をかけ、教会に通った。 「今度、デートに誘ってみようと思うんだが、着いてきてくれよ」 フラットは黙ってついてきていたし、ヘクターは何回も声をかけてチャレンジしていた。 ある日、フラットが「僕は行かない」と言い出し、それからは二人で通っていた。 酒が飲めるようになって、三人でしばしば酒場に赴いた。 女性から声をかけられることは多かったが、フラットが彼女達を相手にしたことはなかった。 冷たくあしらう時もあるが、ほとんどの場合は笑顔で断っていた。 節のない長い指が俺の耳を撫でる。 「ずっとこの気持ちを押し殺してきた」 低い声が響く。 「悪いことをしたな」 近づいていた手がピタリと止まった。 「どうしてリードが謝るんだ」 何て言っていいかわからない。 彼は悲しそうに俺の上から離れた。 「こうなることは分かっていた。一時の気の迷いで君に打ち明けるんじゃなかった。墓場まで持っていくべきだったのに」 俺は部屋を出ていこうとしたフラットの腕を掴んだ。 「待ってくれ、少し考えさせてくれ」 フラットは俺を見返すとゆっくりと頷いた。 突然、大勢の足音が近づき扉が開かれた。 そこには騎士達が並んでいた。諜報員のオスカーの姿はない。 「これより俺達が統制する。傍若無人なフラットには従わない。監禁させてもらう。大人しく従え」 俺は何人かに取り押さえられ、騎士達はフラットの腕をロープで縛り、そのまま近くの柱にくくりつけた。 「テセウス。お前が謀反なんて」 テセウスはフラットの部下で真面目なやつだった。 一度だけ話しているのを見たことがある。 「いい加減、貴様の勝手な行動や無茶な指示にはこりごりだ」 テセウスは恨みがましくフラットを見下ろした。 「俺の故郷の国を乗っ取った。 それがどれだけ残酷なことか。 今は俺達の国の支配下にあるが、必ず取り戻して解放してみせる。チャーチ家の誇りにかけて」 「私的な怨恨もあるみたいだな…それは僕も悪かったよ。 でも、頭ごなしに怒鳴ったりしたことはない。 僕はあくまで」 「負け犬の遠吠えか。そのままそこでじっとしていろ。 そのまま腹が減って惨めに死ぬといい」 テセウスは俺の方を向いた。 「さぁ、リードと言ったか?」 緊張で息が止まる。 拷問か最悪の場合、ここで殺されてしまうのだろうか。 「可愛そうに。君はパラノイアからの捕虜だろう。 このフラットにとても酷いことをされただろう」 優しげな笑みでテセウスは俺の手を取った。 「これで君も解放される。俺もパラノイアの出身なんだ。 チャーチ家のことを慕っていた。 きっと、騎士として従っていた君が俺よりも一番痛いほど辛さを分かっているだろう」 俺は判断を委ねられている。 確かに俺の慕っていた王家を滅亡させて、別のやつを玉座に座らせたのはフラットだ。 まだ、彼を許していない。  だけど、俺は揺れていた。 ここでフラットを置いて逃げるのか。
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