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スマートフォンに、SNSの通知アイコンが表示されていた。
海老沢凛人が社会人になってからこの数年、一度も更新されていないのに、今もこうやって思い出しように通知がくる。
写真や動画を投稿するSNSの凛人のアカウントには、今も十万人近くのフォロワーがいる。
フォロワーのアカウントが現在も稼働されているかは知らないが、凛人のアカウントは沈黙を続けたまま、放置され続けている。
ステータスバーをスワイプし、通知の内容を確認する。自分の過去の投稿に、コメントがついていた。
『500Wのレンジだと何分ですか?』
「知らねーし」
凛人はそのコメントを無視し、メッセージアプリを開いた。
同期の飯倉麦からメッセージが来ている。
『今から会社出る。帰りスーパーよる?』
凛人は『駅前で待ってる』と返信し、改札を抜けた。
凛人は国内では大手といわれる食品メーカーの社員だ。主力商品は調味料で、特に『野菜と肉を炒めて絡めるタレ』シリーズというやたら長い名前の時短調味料が絶好調で売れている。凛人はその開発に関わっている。
少し前に世界を騒がせた流行病による自粛生活で、自炊する人口が増えたため、時短調味料は右肩上がりで売れ続けている。
似たような味ばかりでは飽きられてしまうため、和洋中、季節限定商品など、凛人は新商品の開発に忙しい。
今夜約束をしている飯倉麦は、マーケティング部の社員だった。入社年度が同じで、商品開発部の凛人とも職場で顔を合わせることは多かったが、プライベートで遊ぶほどの仲ではなかった。
飯倉が有能な社員だという評判は、凛人の部署まで届くほどで、実際、新商品開発時の彼のリサーチ力に驚かされたほどだ。
しかし有能な人というのは長く一所にとどまらないようで、入社から数年後、起業したという先輩に誘われて、さっさと転職してしまった。
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