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01 そっと目蓋を開いた
そっと目蓋を開いた。
視界も意識もボヤけている。滲んだ世界で、まず瞳に映ったのは白い天井。
次に顔を横に向けると、仰々しい機械が置かれているのが目に入った。
「‥‥ここは?」
ピッピッと、無機質な電子音が響いている。
清潔なカーテンで窓は覆い隠されていて外の景色を観ることは出来ないが、薄暗い空間にオレンジ色の光が僅かに漏れていた。
ここが自分の部屋ではないと共に、自分の口元に酸素吸入用のマスクが付けられているのに気付いた。
「マスク? なんで‥‥こんなものが? それに‥‥なんで私‥‥こんな所に?」
真子は体を起こそうとしたが、体全身が酷く重かった。
特に、お腹の辺りが。
その自分の腹の方に自然と視線を移すと、
「ね‥‥猫?」
銀色の毛並みをした猫が鎮座していた。
真子は先ほど見た‥‥まだ記憶に残っていた真っ白な夢で出会った猫を思い浮かんだが、猫は夢ほどの大きさではなく、普通の成猫ぐらいのサイズだった。
猫と視線が合う。猫は真子をまるで心配するかのように優しく見つめながら、じっとしている。
「え、あ‥‥」
真子が呼びかけようと声を出そうとしたが上手く出せない。
意識と視界が徐々にはっきりしていく共に、猫の姿がぼんやりし始めた。
その時だった――
ガラっとドアが開く音が部屋に響き渡ると、薄ピンク色の服を着た若い女性が部屋に入ってきた。
真子は猫からその女性に視線を移すと、女性の格好から看護師であると判断できた。
看護師も目を覚ましている真子の容態に気付く否や、自身の腰に携えていた電子情報端末機を手に取り、それに向かって語りかける。
「あ、横峰です! 三〇一号室の患者さんが、目を覚ましました。はい、至急木戸先生ににもお伝えください」
横峰と名乗った看護師が話している間、真子は身体に変な振動が伝わるのを感じた。
横峰が一通りの連絡を終わると、今度は真子に語りかける。
「藤宮さん、大丈夫ですか? どこが痛い所はありますか?」
「あ‥‥そ、その‥‥」
未だ思う通りに声が出せない真子の状態を横峰は案じる。
「あ、無理はしないで良いわよ。時間が経って、身体が慣れてくれば出せるようになるからね。うん、大丈夫そうね。それじゃ、ここでゆっくり寝て待っていてください。私は藤宮さんの親御さんに連絡してくるからね」
安心させるように優しい声で語りかけて、横峰が部屋から出て行こうとした。
「あ‥‥」
真子はここが何処なのかを訊きたくて、呼び止めるために右手を挙げようとしたが、声を出すのと同様に上手く動かせなかった。そうこうしている内に横峰は部屋から出て行ってしまった。
発することが出来なかった問いの気持ちを残した真子は、仕方なくもう一つの疑問に思っていた‥‥猫がいた場所に視線を移した。だが、お腹の辺りで静かに座していた猫は、いなくなっていたの。
「あれ‥‥?」
身体は金縛りにあったかの如く動かせなかったが、なんとか首は動いた。
部屋の隅々を見たが、在るのは生命維持装置の機械だけ。猫などの生き物は、何処にも見当たらなかった。
その訝しげな事象に対して、真子は唯一動かせる首を静かに傾げたのだった。
「あ、無理はしないでくださいね。時間がたてば、身体が慣れて声も出せるようになりますから。うん、大丈夫そうですね。それじゃ、ここでゆっくり休んで待っていてください。私は藤宮さんのご家族に連絡してきますからね」
優しい声で励まして、横峰が部屋から出て行こうとした。
「あ‥‥」
真子はここがどこなのかを聞きたくて、呼び止めようとしたが、声も手も上手く出せなかった。気づかれないまま横峰は部屋から出て行ってしまった。
言いたいことが言えなかった真子は、もう一つ気になっていた‥‥猫の姿を探した。だが、お腹の上で静かに座っていた猫は、消えていた。
「あれ‥‥?」
身体は動かなかったが、首だけは少し動かせた。
部屋の中を見回したが、生命維持装置の機械しかなかった。猫や他の生き物は、どこにも見えなかった。
その不思議な現象に対して、真子は首をわずかに傾げるしかできなかったのだった。
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