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03 まだ?
真子は無事に目覚めたことで、高度な生命維持装置が備えられた特別病棟から、一般病棟へと移された。
母の美由は真子の容態が安定していると聞いて安心し、一旦家に帰っていった。一人残された真子に看護師の横峰が病室の設備を丁寧に説明してくれていた。
「じゃあ、真子ちゃん。もし具合が悪くなったら、このナースコールのボタンを押してね」
「へぇー、これがナースコールなんですか。面白そうですね」
真子はナースコールの機器を手に取り、親指をボタンに近づけてみせた。
だが、ナースコールを押さなくても病室にあるセンサーで患者の状態が悪化すれば、すぐにナースステーションや看護師の持つ端末に通知が届くようになっている。
「ふふ。冗談でも押さないでよ。私達は意外と忙しいんだから」
「はーい」
横峰は明るい性格で真子ともすぐに打ち解けていた。ベッドのシーツをきちんと直しながら、真子に声をかける。
「今日は三日ぶりに起きたり、検査したりして疲れたでしょう?」
「はい。足腰が弱ってるなって感じます」
ふぅ~と、真子は今日一日の疲れを吐き出すように息を吐き出し、老けて見える仕草で隣の椅子にゆっくりと座った。その様子に横峰は微笑みながら、
「今日はゆっくり休んでね。でも、本当に何も覚えてないの? 鼻血を出して倒れたこととか」
「うん。今日、お母さんに聞くまで、ネットしてたことも忘れてた‥‥」
「そうなの‥‥。まぁ、私も真子ちゃんくらいの時に、ネットばっかりしてお母さんに怒られたことがあるから言えないけど。ネットは、ほどほどにしなさいね」
真子はくすくすと笑いながら、「は~~い」と軽く返事をした。
「そう言えば、横峰さん。猫のことなんですけど‥‥」
「真子ちゃんが起きた時にいた猫?」
「もしかしたら、横峰さんも見たんじゃないですか?」
「私は、真子ちゃんが目を覚ましたことに夢中で、気づかなかったけど‥‥。真子ちゃん、ベッドに戻ってもいいわよ」
横峰はベッドを整えると、椅子に座っていた真子を手招きした。
「病院の駐車場では野良猫がよく見かけるけど、本物だったとしても、病院の中に入ってこれるわけないでしょう。病院のセキュリティはそんなに甘くないし」
「そうですよね‥‥」
真子がベッドに潜り込むと横峰は布団をかけてあげた。
「真子ちゃんも言ってたけど寝ぼけて勘違いしたんだよ」
「んー。でも、よく考えたら、重さを感じた気がするんですけど‥‥」
「それも、真子ちゃん自身の身体が重かっただけじゃない? 気のせいだったんだよ。さあ、それじゃ私はナースステーションに戻るからね」
「あ、はい」
横峰が病室から出る時、ふと足を止めて振り返った。
「もしかして‥‥真子ちゃんが見た猫って、お化けの猫だったりして」
「え‥‥」
眉を寄せて不信感を示す真子。
「だって、ここ病院だし。霊が出やすい場所だと思わない?」
「やめてくださいよ。私、そういう話し苦手なんですから!」
思わず声が高くなってしまう。
「ふふ、冗談だよ。私は“まだ”見たことないし、大丈夫だよ。それじゃーね。おやすみなさい、真子ちゃん!」
そう言って病室から出て行き扉を閉めた。
いまだ不慣れな場所で一人きりになった真子は、横峰の“ある言葉”が気になった。
「え、‥‥まだ?」
と、不安混じりに言葉が漏れてしまった。
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