第1章 メッセージボトルと遺書

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第1章 メッセージボトルと遺書

静かな部屋に時計の秒針が響く。一定のリズムで刻まれる秒針とは裏腹に長瀬紫輝(ながせしき)の心臓は加速していた。もう一度遺書を読み返した。イタズラかもしれないが、もし本物ならとんでもないものを拾った気がする。 数時間前。紫輝は家の近くの海岸を散歩していた。海岸沿いに植えられた桜はすでにほとんど散ってしまっている。それでも紫輝は壮大な海を眺めて歩くのが好きだった。青い海と輝く砂浜。程よい気温と心地よい海風が、紫輝の柔らかい黒髪を優しく揺らす。この時間は仕事を忘れられる。壮大な海に比べたら、自分の悩みなんて小さなものに思えた。 大自然を満喫しながら歩いていると、海岸に瓶が落ちていた。砂浜に空き瓶が打ち上げられていることは珍しくない。だが、それはただの空き瓶ではなかった。コルクで蓋をされた透明のワイン瓶の中に、手紙のようなものが入っている。 「これって、メッセージボトル?」 今時珍しい気がする。紫輝は瓶を拾って、付着した砂を払った。海の向こうの誰かからのメッセージかもしれない。瓶越しに中身を見たが、手紙は厳重に封をされ、中身を見ることができなかった。紫輝は中身が気になり、瓶を鞄に入れて家に持ち帰った。 だが、メッセージボトルの内容は、紫輝が考えていたような明るいものではなかった。 池村葉月(いけむらはづき)という人物の遺書。美しい字なのにところどころ震えたような筆跡と、黒く滲んでしわくちゃになっている紙。 「まずいって。内容によるとこの人もう自殺して……。いやいやイタズラに決まって……」 一人暮らしのワンルームに自分の声だけが響いた。当然返答はない。紫輝は23歳で社会人2年目に突入したばかり。大学の時から一人暮らしだったから、一人暮らしに慣れてはいるが、仕事にはなかなか慣れず、毎日上司に怒られる日々だった。紫輝は部屋に置いてある鏡を見た。ふわっとした黒髪に、自信のなさそうな目。痩せ型で平均的な身長。 こんな冴えない自分に何とかできるものなのか分からない。だが、紫輝はメッセージボトルを無視することなんてできなかった。遺書を書いた人はまだ生きてくれているかもしれない。紫輝はメッセージボトルと希望を持って家を出た。
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