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人魚たちは願った。
陸に捕らわれた仲間が無事に戻るように。
これ以上、仲間が捕らわれないように。
人魚たちは怒った。
陸に上がった人魚の末路に。
長く生きる筈だった命を弄ばれたことに。
人魚たちの願い。
人魚たちの怒り。
それは、いつしか〝呪い〟となった。
人魚たちが、最初に違和感を覚えたのは、ずいぶん前のこと。
ある日、人魚の子どもがひとり姿を消した。
海とは弱肉強食の世界。
好奇心旺盛な人魚の子どもたちは、しばしば自分たちが住む海域よりも深い場所や浅い場所へ遊びに行き、ほかの魔獣に食べられることもある。それは自然の摂理であり、子どもたちへの注意喚起を徹底するしかないと納得するのが通例だったが、その日を境に老若男女問わず人魚たちは姿を消し、血の匂いも食われた残骸も見つかることのない失踪がたて続いく。
言い知れない不安感が人魚たちの間に蔓延していくころには、王の耳に届くまでとなった。
「王よ、なぜ民は姿を消すのか見当もつきません」
「満月の夜が明けて朝日が昇る頃になると、ひとり、またひとりと姿を消しますが、食われた形跡も確認できずにいます」
事態を調べている従者の声を聞きながら、人魚の王のジェーダイドが手を挙げると、従者たちは夜の海のように静まった。
「ひとつ、共通点があるな。姿を消したモノの多くは、皆〝朝日を見るために岩場近くへ行く〟と言い残している。そこは調べたのか」
「はい、くまなく。ですが、異常や不自然なものは見つからず……」
苦虫を噛み締めたような表情の人魚の隣にいる、若い人魚がおずおずと挙手をした。
「あの、不自然というほどではありませんが、気になったことがひとつ」
「申してみよ」
「微かにですが、岩場の近くの海域には海の魔力とは違う、陸の魔力の匂いが強く残っていました」
この若い人魚は、魔力探知をするのが上手く、他の人魚たちが見過ごすような微量な魔力の匂いを感知した可能性があるが、どうにも自信を持てないため常に声が小さい。
「どれくらい前に流れついたものかは判るか?」
「恐らくですが、先の満月の頃合いかと」
ポソポソと答える人魚にジェーダイドは穏やかに笑いかけた。
「貴重な情報だ、ありがとう。岩場の海域を張り込もう。他のモノたちには外にでないように周知してくれ」
「かしこまりました」
ジェーダイドの言葉を民に周知するため、速さに自信のあるモノたちが海を駆けていく。やはり、人魚は泳ぐ姿が一番美しいとジェーダイドは再認識した。海のなかで屈折した光を浴びて煌めく鱗、波に揺れる髪が活きるのは海のなかだけだ。
「王、僕の発言だけでお決めになってよろしかったのですか?」
おずおずとやはり声は小さく、ジェーダイドの前にいることを恐れているようにも感じる姿はまだまだ幼子のようでもある。
「とても有益だった。私の考えていたことの裏付けにもなったぞ。それに、わからないことだらけの現状で、少しでも違和感や疑問点を発言してくれたことは、とてもありがたい。君の名を聞いてもよいか」
「……アーロンです」
「アーロン。これからも期待しているよ」
ジェーダイドは、アーロンを励ますように背中を叩いて王座に戻っていった。
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