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人魚たちは謳う、願いを込めて。
人魚たちは謳う、怒りを込めて。
人魚たちは願う、終わりを求めて。
海のなかはとても広く、潮の流れによっては知らない海峡へと運ばれる。
アーロンは、時折潮の流れに身を任せて知らない場所へと行くことが好きで、迷子になりながらも、小さな冒険として楽しんでいたが、今はそんな小さな冒険も、陸のモノのせいかはわからないが、同胞の失踪が続いている状態では行わないようにしていたのだが……。
「ここ、どこ……」
月が顔を出し、高く昇りはじめたころ、いつものように海藻にくるまって寝たはずだが、目を覚ませば知らない海域に流れ着いていた。
見たこともない珊瑚と魚の色に驚く。海の色も違う。普段いる海域よりも澄んでいて、浅瀬に近いのか明るい印象だ。
「困ったな……」
ゆるりと辺りを一周し、海面に顔を出すと、キラキラと日射しが反射する海のなかにはない木というものが繁っていて、その土壌は白土ではなく、赤っぽい土の陸。きょろりと辺りを見回しても魔法属の人間の気配はなく、どちらかといえば、陸の自然そのものの気配以外感じない不思議な場所だ。
「おや、人魚なんて珍しいね」
一瞬息が止まるほど驚く。
「私はリーファ。種族はエルフだ」
朗らかに微笑んで自己紹介をした男をまじまじと見る。種族が違えば言葉も違うのに、彼が発したのは海の言葉だった。
「……アーロン、見てのとおり人魚だ。その特徴的な耳と、金にも見える翡翠の瞳、たしかにエルフのようだな」
「アーロンはとても博識なんだね。海のモノは、陸のモノを識別しにくいと聞いたことがあったんだけど。魔法属の人間と、エルフの見分け方を知っているのは驚いたよ」
興味深そうに、前のめりになって話すリーファに少し近づく。エルフに出会えるなんて思ってもない僥倖だ。
「エルフは、その瞳や髪、肌の色に産まれた環境を映すと聞いたことがある。そして、その瞳はどんな色をしていても必ず金色に見え、耳は尖っていると、博識な老人魚から昔教わったんだ」
エルフはその白い肌も、黒い肌も、その土地や産まれた気候により変わり、瞳の色は母体になったモノの影響を色濃く受け継ぐという。
「ははぁ、本当に博識だ。人魚も同じように、日々瞬く間もなく変わる海の色をその髪や瞳、力強く泳ぐ尾ひれに映すのだろう?」
お互いに、今生で出会えるとは思っていなかった種族に出会えた喜びと、好奇心が高まる。
「あぁ、瞳は産まれた時の空を、髪は産まれた海域の色を、この尾ひれは産まれた瞬間の海の色を写しとると言われている」
予期せず潮に流されたことなど忘れたアーロンは、リーファとの会話に花を咲かせた。
「……っと、ずいぶん話し込んでしまったが、君もしかして迷子かい?」
「あ、そうだった。つい楽しくて話し込んでしまった。最近同胞の失踪が増えていて、皆ピリピリしている。早く帰らないと」
自分の現状を思い出し、海面を尾びれで一度叩いて、空を仰ぎ見る。夜になれば星の位置から元の海域がわかるだろうか。
「同胞……人魚の失踪が増えているのかい?」
「あぁ、陸の魔力の気配はするんだが、どうして俺たち人魚が消えているのか判らなくて困っている」
人間は海に長く入ることはできず、機動力も落ちる。陸のモノは、自分たちが海のなかで勝てないのだと本能で判っている。では、別の種族が人魚を狩るかといわれると、痕跡なく殺すのは難しい。
「ふむ。君たち人魚は、魔法属の人間が持つような宝石に興味はあるかな? エルフが持つものとは異なると聞くがドワーフ曰く、多少似ているらしい」
エルフは古くからドワーフの技術、技能、細工の美しさを気に入り懇意にしている。ドワーフの住む場所に、時折魔法属の人間が迷い混むことがあると聞いたことがあった。
「そう、だな。人魚は基本的に好奇心が強い。そういった装飾品は海では見かけないから、興味を持ってさわるかもしれない」
「私たちエルフが持つモノとは少し違って、魔法属の人間が持つモノは魔法石でな。これは、魔道士自身が持つ魔力以上の力を、与えるというモノらしくてね。使い方次第では様々なことができそうだと思った記憶があるよ」
天気の話をするような気軽さで言われた内容の恐ろしさにアーロンは言葉を失った。
「まぁ、本当の所はわからない。私は人間に会ったことはないから、実物を見たことはないけどね」
「そうか、嫌な仮説が浮上したものだな」
アーロンの言葉は、荒くなりはじめた波の音に浚われて消えていく。
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