森の山本

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 今日も、山本が、出社していない。  (なぜ、誰も何も言わないんだ)  電話が鳴り響く。三コール以内で受話器を取らねばならないのが決まりだ。営業事務課は、電話を取ってなんぼの仕事だ。パソコンを触るのに忙しいからクレーム電話を取れませんでした、という言い訳は、うちの会社では、成り立たない。  「ありがとうございます、森熊製麺でございます」  ぎりぎり三コール目で受話器を取ろうとしたら、別の営業事務に取られた。あっと思った。  隣席の社員が変な目でこちらを見ている。  電話を取るマシーン。それがわたしだ。  あんた、ちょっと最近どうかしてる。そんなふうに目で語られた気がする。  確かに調子が出ない。休み明けから数日、また次の週末を迎えようとしているのに。  それはやっぱり。  (なぜ、山本は来ない。なぜ、山本が出社していないことを、誰も何も言わない)  あの、間延びした白い顔を思い出すと、どうにも居たたまれなくなる。  奴は、あのまま、あそこにいるのだろうか。  あんな山に行かなければ良かった。  ちょっと日常に疲れたし、ひとから聞いた癒しスポットに行ってみたかった。  「あの山はいいわよ。ただ気を付けなくてはならないのは、ちょっとパワーが強すぎるから、不思議なことに出会うかもネ」  などと、トレッキング好きな女子から言われたものだ。  不思議に出会うのか。  なるほど。不思議、不可思議。たしかに、珍妙な出来事だった。  しかし、どうにも気持ちが悪い。理屈が通らない。    こうして、山本がいない日が続いているのは、なんとも、奥歯にものが挟まったような感じだ。  (あああ、山なんかに行かなきゃよかった) **
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