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わがまま姫
まだ春の日差しも差し込まない早朝、騎士レオンハルト・シュバルツは寒さに震えながら目を覚ました。春といっても早朝はまだ冷える。だが、仕事の時間に遅れるわけにはいかない。ベッドからどうにか出て身支度を整える。
髪を梳かしながらレオンハルトはため息を吐く。今日も騎士ではなく子守りの時間が長くなるだろう。彼の主人はまだ六歳になったばかりのかわいらしいお姫様だ。名をマリー=アンジュ・エレオノーラという。
蝶よ花よと愛されて育った小さな姫は歩くことが嫌いで彼にしょっちゅう抱っこをねだる。彼はまだ十九歳の若者だが、騎士にしては細いから大変だった。剣の腕を見込まれて選ばれたのだと思っていたが、違うらしいと気付いたのは当の主人がままごと好きな小さな女の子だと知ってからだった。
せめて自分で歩いてくれるならそれほど不満はないのにと思いながらマントを身に着ける。給料がよく、ご飯がおいしくなければとっくにやめていた。
エレオノーラ家の食事はとにかくおいしい。料理長の腕がいいばかりでなく、食材がいいのだろう。エレオノーラ家は海からも近く、豊かな穀倉地帯を所有している。そればかりか、宝石の鉱脈さえ持っている大貴族だ。そんなエレオノーラ家に仕えられたのは下級貴族の次男であるレオンハルトにとってとてつもない幸運だった。
下級貴族の次男は貧乏くじといってもいいほどだ。家は継げず、結婚も許されない。身分ある職に就くことも出世することもできない。レオンハルトはそのことを悲観したことはないが、肩身が狭いのは否定できない。
そんな彼が騎士としてエレオノーラ家の姫君に仕えられるのは幸運というほかないのだ。だから、マリー=アンジュが少し、いや、とんでもないわがままでも諦めるしかない。
マリー=アンジュは背が伸びるのが遅く、同い年の子供より頭一つ分小さい。そのことを両親が心配して幼いうちから抱っこ係、もとい、騎士を雇った。あまり筋骨隆々ではマリー=アンジュが怖がる。やさし気な顔立ちである方がいい。あまり若くても、年上でもいけない。そんな基準にぴったりと収まったのがレオンハルトだった。
そんな基準で選ばれたことを彼が知ったのは、採用後の初顔合わせの時だった。口利きをしてくれた叔父の話も適当にしか聞いておらず、渡された資料もちゃんと読んでいなかった彼はエレオノーラ家の姫が十四、五だとばかり思っていた。
かわいらしいピンクのドレスを着たマリー=アンジュが大きな椅子にちょこんと座っている姿を見て、彼は腰を抜かしそうになった。まさか、これほど幼い子供のご機嫌取りをすることになるとは少しも想像していなかったからだ。
けれど、お人形のようにかわいいと思ったのは否定できない。最初のうちこそ恥ずかしがっていたマリー=アンジュだが、時と共に心を開き、一年経った今では手を付けられないほどのわがまま姫だ。
騎士の部屋でほかの騎士たちと朝食をすませ、マリー=アンジュの部屋に向かった。ベルベットのような絨毯の引かれた廊下は彼の足音を消してしまう。
「それじゃない! 違うって言ってるでしょ!」
静かな廊下に響く声はかわいらしいが、言っていることはかわいくない。すでにわがままを言って小間使いを困らせているようだ。お気に入りの小間使いが昨日から休んでいるからますますわがままになっている。
レオンハルトはため息をノックの音で消す。
「姫様、ご機嫌麗しゅう」
部屋に入ると髪飾りを投げつけられた。絹のリボンに細かな刺繍が施された上等な髪飾りだが、お気に召さないらしい。
「これじゃイヤなの! どうにかして!」
「そうですねぇ」
彼は漏れそうになったため息を飲み込んで、小間使いの手から櫛を取る。かわいらしく結い上げられていたきれいな金色の髪を解いて、少しだけ大人っぽく結い直し、投げ付けられた髪飾りをつける。姉たちと遊びでしていたヘアセットがどうして役に立つと思っただろう。
わがまま姫のわがままは少しズレている。髪飾りが気に入らないとごねるときは髪型が、髪型が気に入らないときはドレスが気に入っていない。一年仕えてやっとわかって来た。
「姫様はどんな髪飾りもお似合いです」
マリー=アンジュは不満そうに唇をへの字にしたが、仕方なさそうにため息を吐いた。
「レオンハルトがそう言うならがまんしてあげる」
「光栄でございます、姫様」
胸に手を当てて頭を下げると、髪を一房むんずと掴まれた。マリー=アンジュは小さな手で不器用にピンクのリボンを結ぶ。これはいつからか始まった習慣で抵抗したり、解いたりすると泣かれるから好きにさせている。丁寧に整えている長い黒髪に子供のようなピンクのリボンを結ばれることを最初のうちこそ不快に思ったが、今や無我の境地だ。気にするだけ無駄で、これを受け入れれば平穏無事に過ごせると思えば安いものだ。
「ん」
結び終わって満足したらしく、マリー=アンジュが両手を広げた。朝食を食べる広間まで運べと言っているのだ。レオンハルトは漏れそうになったため息を飲み込んでわがまま姫を抱き上げる。どうしてほんのちょっとの距離さえ歩きたがらないのかわからない。足が悪いのかと聞いてみたが、そんなこともない。彼がいなければ普通に歩いているのだという。それが彼への甘えと取るべきか、ただのわがままと取るべきかわからない。
「姫様、午後には散歩に参りましょう」
一日中部屋にいると絶え間ないわがままでイライラさせられてしまうから、必ず日に一度は外に連れ出すようにしている。本来であれば教育係やばあやの仕事なのだが、いつの間にか彼の仕事になった。
「イヤ」
「シロツメクサが沢山咲いたのです。私が花冠を作って差し上げましょう」
「行かない」
「森の奥で小鳥のヒナが生まれたのです。見に行きませんか?」
レオンハルトはあの手この手でマリー=アンジュを連れ出している。ネタが尽きないように彼は家庭教師が来ている隙にエレオノーラ家の広大な庭を回っている。
子守りが主な仕事であることは不本意だが、手を抜くつもりもない。
「小鳥?」
「はい。私には何の小鳥かわからなかったので姫様に確認していただきたいのです」
「いいわ。行ってあげる」
約束を取り付けることに成功してレオンハルトはほっとする。その言葉さえ引き出せればこちらのものだ。マリー=アンジュはわがままだが、言ったことを引っ込めることはない。
広間の入り口でわがまま姫を下ろす。抱っこのままで入ると年の離れた兄エドモントに注意されるからだ。騎士の仕事ではない部分を多く担うレオンハルトではあるが、けじめをつけた方がいいとエドモントだけが思っているようだった。
レオンハルトは心の中でもっと言ってくれと応援しているが、まだ子供の彼に担わせることではない。しつけは大人の役目だ。
扉を開けるとすでに家族がそろっていた。マリー=アンジュはわがままのせいでいつも最後だ。そんな我が子を許し、ひたすら甘やかしているからわがままが直らないのに両親は気にしていない。かわいそうにも思うが、彼は口出しできる立場ではない。
マリー=アンジュのために椅子を引き、後ろに立つ。食事の警護など本来は必要ないが、それがエレオノーラ家の伝統だ。レオンハルトと同じように三人の騎士がそれぞれの後ろに立っている。
騎士同士交流がないわけではないが、レオンハルトはあまり馴染めていない。どちらかといえば子守りとして雇われた彼が彼らと比べて明らかに細く、女顔もあいまって強そうに見えないのも原因だろうと彼は思っている。騎士は相手の強さを値踏みしあうものが多い。
彼はそれなりに強いが、見るからに強そうかといえば違う。何しろ小さなお姫様が怖がらないようにという条件の付いた人選だ。必然細く弱そうに見えるのも当然だ。こうして並ぶと落差にそこはかとない居心地の悪さを覚える。
彼以外の騎士はどう見ても見た目の屈強さで選ばれている。採用時に彼らと手合わせをしたが、レオンハルトが勝つのは難しそうだった。それでも選ばれたのは将来性があると思われたと信じたいところだ。
レオンハルトは長い黒髪に結ばれたリボンの結び目をこっそり整える。いつも歪んでいてすぐに解けてしまいそうなのに、なくすと怒られるから気付かれないように結び直すのが癖になった。
容姿の良さも採用の一因だったことは薄々わかっているから身だしなみにも手を抜かないようにしている。なにもかも面倒で仕方がないが、仕事を失えばもっと面倒なことになる。
おいしい食事とよい給金があればだいたいのことがうまくいくというのが彼の持論だ。他の騎士と馴染めなくても死にはしない。馴染みたくない理由もある。
朝食を終えたマリー=アンジュは機嫌よく歩いて部屋に戻った。今日は両親が何度か声をかけてくれたから機嫌がいいのだろう。
「レオンハルト」
「はい」
オットマンに座らせ、靴を室内履きに変える。本来であれば小間使いの仕事だが、お気に入りの小間使いが休んでから彼の仕事になってしまった。早く彼女に戻ってきてほしくてたまらない。
午前中はクラヴザンと歴史の授業が入っている。その時間帯であればレオンハルトは自由にしていい決まりになっているが、必ずしも自由になるわけではない。特にクラヴザンは課題にされた曲が上手に弾けるようになると聞いてほしがる。
マリー=アンジュはわがまま放題ではあるのだが、努力家でもある。淑女のたしなみであるクラヴザンと刺繍は特に頑張っている。どうしようもないわがままに見捨てたくなる時もあるが、努力家でもある彼女を支えたいと時折思ってしまう。
「レオンハルト、クラヴザンが上手になったの」
「はい。今日はお聞きします」
多忙な両親はマリー=アンジュの演奏を聴いている暇もない。だから、彼に聞いてほしがることは薄々わかっていた。度を過ぎたわがままも寂しさから来ているのかもしれない。
クラヴザンの授業中、レオンハルトは少女の奏でる音楽に耳を傾けていた。彼は下級貴族の出だから音楽に詳しいわけではない。それでもわがまま姫の演奏が秀でているのはわかる。教師の指導に熱が入りがちなのもそれが理由だろう。練習も仕上げに入り、彼ではなく両親に聞いてほしがっているのもわかっている。
けれど、彼らはとにかく多忙だ。我が子と食事の時間しか顔を合わせないほどで、かわいがることしかしないのもそのせいだろう。大貴族だから忙しいのか、彼らがそういった気質なのかはわからない。
一時間ほどでクラヴザンの教師が帰り、歴史の授業の時間になった。彼はそっと部屋を出る。ここからは一時間ほど自由だ。歴史の教師は教え上手でマリー=アンジュはいつも楽しそうに授業を受けていると聞いている。だが、彼は歴史の教師が苦手だった。立ち会わなくていいのだからできるだけ避けたい。
昨日のうちに庭を回ったから今日は馬の世話をしようと決める。愛する白馬ヴァイスは仔馬のころから彼が育てた。その甲斐あってヴァイスは彼によく懐いている。彼もまた大切にしているから相思相愛だ。
「いい子にしてるかな? ヴァイス」
声をかけるとヴァイスは嬉しそうにいなないた。馬房から引き出し、丁寧にブラッシングをする。人と関わるのがあまり好きではないレオンハルトにとってヴァイスの世話をしている時間が一番癒される時間だ。
「気持ちいい?」
ヴァイスは小さく鳴いて馬面を彼の顔に寄せる。
「それはよかった」
やさしく頭を撫でてて少し歩かせ、馬房に戻す。そろそろ戻らないと時間になってしまう。
「また来るね。いい子にしているんだよ」
ヴァイスは寂しそうに鳴いて彼のマントを食んだが、ぽんぽんと撫でると離してくれた。
レオンハルトは小さくため息を吐いてマリー=アンジュの部屋に戻る。授業時間は一日に二時間といわずもっとしてほしい。だが、マリー=アンジュはまだ幼く、そんなに長い時間集中できない。
彼が部屋に入るとちょうど歴史の教師が帰って行った。レオンハルトはふと息をついてマリー=アンジュの外用の靴を用意するように小間使いに告げる。
「レオンハルト、今日のお昼は?」
「お外で食べましょう、姫様。料理長にバスケットを用意してもらいました」
「すてき。スグリのジャムはある?」
「はい。リンゴと洋ナシのジャムも」
少女は満足そうに笑った。靴を履き替えさせ、外に連れ出す。小間使いやメイドたちに敷物やバスケットを運ばせ、レオンハルトはマリー=アンジュと手を繋ぐ。本来であれば許されない行為だが、わがまま姫は手を繋ぎたがる。だから散歩のときはできるだけ手を繋ぐようにしていた。それにそうすれば自分の足で歩いてくれる。
マリー=アンジュは昼食を持ち出して外で食べさせると喜ぶ。いつもと違うことを喜ぶのは子供だからだろうか。レオンハルトにはいまいちわからない。
程よい場所に敷物を敷かせるとマリー=アンジュはころんと寝転んだ。外に敷物を敷くと彼女は必ずこうして寝転がる。空の色を見るのが好きらしい。レオンハルトは隣に腰を下ろす。
「お空がきれいよ、レオンハルト」
「そうですね」
雲がいくつかぽかりぽかりと浮いているだけの穏やかな空だ。空の青も春にしては澄んでいる。彼女は青空が一番好きらしい。天気が悪いと残念そうにする。一度、雲をどかせと言われて閉口したが、最近そういったどうしようもないわがままは減って来た。わがまま姫もわがままなりに成長はしているのだろう。
「今日のお空はレオンハルトの目の色と同じね」
彼の目はきれいな青だ。その青もお気に入りだといつか言われた。
「こんな青なんですね」
「そうよ。レオンハルトはわからない?」
「自分の目の色は鏡でしか見られませんからね」
「そう」
意味のない会話が面倒になって適当に答えたせいか、マリー=アンジュは不機嫌そうに目をそらした。
「シロツメクサの花冠を作ってくれるのではないの?」
昼食の時間にはまだ早く、メイドたちにも支度の時間が必要だ。
「シロツメクサが咲いているのはもう少し向こうなんです。おいでいただけますか?」
手を差し出すとマリー=アンジュは手を取った。少女の手はまだまだ小さくやわらかい。レオンハルトはマリー=アンジュに合わせてゆっくり歩く。彼女はまだ小さく、歩幅が狭い。背の高い彼は最初のうちうっかりと彼女を置いて行ってしまい、何度か泣かれてしまった。今となってはもう慣れたが。
シロツメクサが咲いているそばにハンカチを広げて彼女を座らせる。
「姫様も作ってみますか?」
「イヤ」
断られることはわかっていた。マリー=アンジュはなぜか彼から何かを教わるのを嫌がる。レオンハルトはきれいに咲いている花を選んで花冠を編んでいく。
「どうしてレオンハルトは騎士なのに女の子の遊びにくわしいの?」
これまでままごとには散々付き合って来たし、お手玉もお人形遊びもした。その疑問は当然のものだろう。
「姉が二人いるのです。兄よりも姉たちとばかり遊んでいたので、自然と女の子の遊びを覚えました」
レオンハルトは四人兄弟の末っ子だ。一番上の兄とは年が離れていて、年が近い姉たちとままごとをして育った。騎士として生きて行けるようにと剣術や馬術も叩き込まれはしたが、女顔であることもあいまって子供のころはよく女の子と間違えられた。そのおかげでわがまま姫の子守りができているわけでもあるのだが。
「ふぅん。レオンハルトのお姉さまたちもブルネットなの?」
「いいえ。ブルネットは私だけで姉や兄は栗毛です。両親も栗毛でしたが、祖母がブルネットです」
「そう。わたしのブロンドもおばあさまだけが同じなの。お揃いね」
マリー=アンジュの両親も兄もブロンドではない。数度しか会ったことはないが、祖母ビクトリアだけがブロンドだ。紫色の目も同じだった。
「そうですね」
もっとも彼女たちは老いてかなり白くなっているが。レオンハルトはマリー=アンジュのブロンドに花冠を乗せる。
「できましたよ、私の姫様」
わがまま姫はうれしそうにうふふと笑った。こういう時はかわいらしく思えてしまうのだから狡い。
「ありがとう、レオンハルト」
「どういたしまして」
「お腹が減ったわ」
「では戻りましょう」
「ん」
また手を繋いで敷物のところまで戻る。メイドたちが昼食を並べてくれていた。マリー=アンジュは満足そうに座って、手を拭いてもらい、大好きなスグリのジャムが塗られたパンをほおばる。野菜も食べてもらいたいが、なかなかうまくいかない。さりげなく野菜が盛られた器を近くに移動させてみたが無視された。
朝食と晩餐ではちゃんと食べているのだから心配する必要がないのはわかっている。わかっているが、小柄なマリー=アンジュにはもっとバランスよく食べてほしいと思ってしまう。
「レオンハルト、食べてない」
「食べてますよ」
なぜか彼女は彼が食べていないと不満そうにする。彼は元々小食で、いつもマリー=アンジュと遊んでいるだけだからなおさら食べない。それが気に入らないと思われるのは他の騎士よりずっと細いせいだろうか。
「もっとちゃんと食べて」
「はい」
レオンハルトは仕方なくパンを二切れとおかずをいくつか摘まむ。マリー=アンジュはそれで納得してくれたようだった。
本来、騎士は主人と食事を共にしない決まりだが、昼食だけは一緒に食べている。マリー=アンジュのわがままでそうなった。昼食の時、彼女は一人きりだ。広間の広いテーブルにたった一人。それが寂しかったのだろう。
マリー=アンジュのわがままは寂しさから来るのかもしれないと思うことは少なくない。両親は多忙であまりかまってくれず、ただ甘やかすだけで彼女をちゃんと見ていない。兄も八つ離れているから遊ぶというよりも遊んでもらうことになる。そして彼もまた勉学で多忙だった。
だからマリー=アンジュはわがままを言って周囲を振り回すのかもしれない。甘え方を知らないといえばそうで、かわいそうに思うこともある。けれど、わがままを連発されると憎らしくなるのは否定できない。
食事を終え、ヒナを見に行くことになった。少し遠いから途中で抱っこをねだられた。彼は消しきれないため息を吐いて少女を抱き上げる。小柄といっても日に日に重くなる少女を抱いて歩くのは骨だ。軟弱だといわれても否定はできない。
「ほら、あの木です」
「見えない」
肩車をして巣に近づくと少女は小さな悲鳴を上げた。ちゃんとヒナが見えたらしい。ヒナは孵化してから一週間ほどは経っているらしくふわふわの羽毛が生えてかわいらしい。
「なんのヒナかわかりますか?」
「きっとヒバリね」
「ヒバリでしたか。姫様はよくご存じですね」
少女は得意げに鼻を鳴らす。その雛がヒバリであることは当然わかっていたが、ほめて伸ばすのも大切だ。
「そろそろいいですか? あんまり覗いていると親鳥が帰って来られません」
近くの木でヒバリが警戒するように鳴いている。あれが親鳥なのだろう。
「ん」
マリー=アンジュを下ろし、巣のある木から距離を取って隠れる。
「ほら、親鳥が帰ってきました」
「本当ね」
少女はうれしそうに微笑んだ。しばらく小鳥を見守り、満足したころに屋敷に向かった。また抱っこをねだられて消しきれないため息が漏れる。給金がよくなければやめているのに。何度目になるかわからない言葉を飲み込んだ。
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