烈風

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ずっと。 落ちていくのを見つめていた。 自分の両手の感覚が。 反芻する。 ロープを解いた。 私が。 落とした。 私が。 殺した。 言いしれぬ悪寒と憎悪が足先からヒワの全身を舐める。 その正体は。 「かぜ…」 風が。 逆巻き。 ヒワを叩きつける。 その手でヒワの髪を掴み上げる。 「…あっ」 巻き上げられた長い髪が。 気球のバーナーに触れる。 「髪が!」 炎が。 その牙でヒワの髪を食いちぎる。 「火を止める!」 サルクイがバーナーを止める。 風の怒りだ。 大火傷を追った時と同じ。 でも風の鋭さは、その時の比ではない。 髪を叩いても炎は離れない。 風に煽られて勢いを増す。 「ヒワ!」 トキが、剣でヒワの髪を断つ。 風が。 燃える切れ髪を遠くへ運んでいく。 熱を失った気球が。 落ちていく。 「火を!」 「ダメだ、つかない!」 「風よ!」 ヒワが呼びかけても。 風は答えない。 唄うたいとしての力を失った。 空で。 人を殺したから。 「海に落ちる!」 「つかまれ!」 海面に。 叩きつけられる。 衝撃に目がまわる。 肺の中の空気が押し出される。 どっちが上だ。 目を凝らす。 赤い。 夕陽を映した海面が見えた。 誰かが腕を引っ張る。 海面に引きずられる。 そのまま抱えられ。 浅瀬へ辿り着く。 「生きてるか?」 「…うん」 トキとヒワ。 2人を抱えて泳いでくれたのは、サルクイだった。 浅瀬でひたひたと水に浸かったまま。 座り、膝を抱く。 風は。 黙りこくっていた。 ヒワに聞こえなくなっただけかもしれない。 「ヒワ、ごめん」 隣でトキが、ポツリと呟く。 「言うなよ」 焼かれ、斬り落とされ、ずぶ濡れになった惨めな髪。 風がそよがない。 重たく背に張り付くだけだ。 「ごめん」 もう一度言った。 「言うなってば」 夕陽の沈む直前。 真っ赤に燃える水平線に。 ひしゃげた飛行船の影が。 太陽を追って。 落ちていくのが。 見えた。 続
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