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「王よ、あなたの考えが分かりました」
浮遊する船の中。
探し人を見つけたヒワは、玉座の前に立つ。
「これまで空は、
我々を配下に置くことで支配して来た。
でもこの船ができたら、
我々はもう用済みだというわけですね。
この船が最初に狙うのは、
我々の里ですか。
私たちは、ここで始末するわけですか」
兵士たちが身構える。
「恐れを知らぬ従者だな」
王は笑って里長たちを見た。
「王、恐れを知らないのはあなただ」
師匠も笑い返す。
ヒワが、一際大きく息を吸い込んだ。
風よ。
その一言に。
軋んでいた船体が静まり返る。
船ではない。
風が。
この少女の声に耳を澄ましている。
「何をした」
ヒワはにやりと口角をあげ。
うたう。
風よ。
この船のゆく手を阻む南風よ。
今一度その衣を返し。
さかまく渦にて。
その全てを飲み込まれよ。
どこからか、風が吹き込む。
ヒワの髪をかきあげる。
束ねない髪は踊り。
藍色の衣がはためく。
静まり返っていた船体が。
急激に悲鳴をあげ。
舵がぐるりと。
ひとりでに回り。
船は。
ゆっくりと。
傾き始める。
「魔女だ!」
側近が金切り声を上げる。
床が傾き、玉座の階段にしがみついている。
吊り下げられた装飾布が絡まり合っていく。
兵士たちは軋む船の音と、どこからか吹き込む不気味な風に動揺している。
王は、ヒワの唄に目を見開いていた。
それでも口は笑っている。
「なるほど。
気球乗りの猿一匹では、
空は支配できないというわけか」
王は初めて、その手を振って命令する。
「その魔女を捕えろ」
兵士が武器を構える。
その瞬間、窓のガラスが弾け飛ぶ。
風が強く吹き込む。
布が暴れる。
兵士たちの腰が引けた一瞬の隙に。
ヒワの前にひとりの影が立ち塞がる。
「彼女は一族の唄うたいだ。
手を出すな」
真っ赤な軍服の似合わない、鴇色の髪が逆立つ。
「俺と引き換えに、
一族は皆解放する約束だ」
「お前はもういらん。
その魔女さえ手に入ればいい」
こうなってしまえば、取引などもう意味を為さない。
トキは、諦めて首を振る。
一瞬、肩越しにヒワを振り返る。
「このことか」
そう言いながら、軍服の留め具を外す。
吹き荒れる風に、重い裾が持ち上がる。
隠していた。
剣を抜いた。
ヒワの天幕に降って来た時に、抱えていた剣。
刃に刻まれた風の紋様。
その鋒を王に向ける。
「反逆か」
「先に約束を反故にしたのはそっちだ」
「なぜ武器を持っている。
しかもその紋様は、黒煙の村の事件の」
側近の言葉に、トキがぴくりと反応する。
「村がどうしたって」
「トキ」
風が喚いている。
「村はすでにない」
トキの鼓膜を叩く。
「脱走者を出したあと、
あの村は全て焼き滅ぼした」
風が巻き上げ、目一杯、衣の裾を引く。
床が傾く。
兵士たちが槍を構える。
それでもトキは、剣を振りあげた。
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