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まだ。
人々が。
世界の輪郭も知らなかった頃の話。
風と共に生き。
空を駆けた民の。
運命を辿る話。
気球に乗って旅をする空渡りの一族。
彼らは、人を、物を運び届ける。
発展を続ける王国に、徐々にその生き方を侵食されながらも、山に、街に、海辺に里を持ち、季節の風に乗って交易をして生きていた。
夏の盛り。
太陽が森を照らし、緑が青々と茂る。
南風が吹く。
東の山々の中に隠されたある里に、1機の気球が降り立った。
少女ヒワは、その懐かしい影を、岩場から見下ろす。
もう何年も前に、王国との取引で南方遠征に旅立ったうちの1機だ。
「セイタカ!おかえり!」
木々の間を駆け抜けて発着場へ着くと、すでに里のみんなが取り囲んでいた。
振り返った青年は、飛びついたヒワを抱き止めてぐるぐると回る。
「ただいま、大きくなったな」
それもそのはずだ。
ヒワはもう15歳になろうとしていた。
彼が旅立ったのは18歳、ヒワが9歳の時のこと。
「南方遠征は終わったの?
みんな帰ってくる?
1人?
一緒に行ったコノハは?
サルクイの両親は…」
「ヒワ」
地面に下ろされて、ヒワは黙った。
「里長に話がある」
「分かった」
頷き、セイタカの手を引いて発着場を後にする。
みんなが道を開けてくれる。
里長はヒワの師匠でもある。
一番奥の天幕へ。
途中すれ違った里の子たちは、声をあげて喜んでいた。
ヒワも、嬉しいはずなのに。
風が不穏に揺れている。
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