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「そうだけど、それが?」
海月は少し目を見開き眉をピクリと動かしてから、淡々と返事をした。まるでそれが世の中の理であるかのように。
学校でふとお手洗いに行ったときだった。廊下で隣のクラスの陽キャグループが会話していたのだ。
『二年三組の花里、って奴知ってる?』
『ウチ分かる! 陰キャの変人でしょー?』
『そうそう。アイツさあ、残り一年で死ぬらしいよ』
『マジー!? どこ情報?』
『未来月からだよ。放課後に三組の大木って教師がさ、花里と病気の話をしていたんだって。その時に余命一年、って単語が何とかかんとか』
『ウソー! でもアイツ居なくなっても別に構わんけどね』
『それな。世界に一ミリも影響ないしー!』
彼女らのキャハハ、という甲高い笑い声がこびり付いている。海月にはいつか「デマだよ、それ」と否定してもらわなきゃ、と病気の話を聞くタイミングを伺っていたのだ。なのに。
「もっと生きたいとは」
「死は生きとし生ける物全ての定めなのだから、別に」
「ピアノは」
「そりゃあ弾きたい」
「じゃあ生を追い求めようとは?!」
「バン!」
辺りに振動が伝わる。数秒経過して、やっと「バン!」が彼女の口からではなく、勢い良く叩かれた机から飛び出たものだと気付いた。
「……龍太はさあ、長生きすることが一番の幸せだと勘違いしてるの?」
「……えっ」
勘違い、だなんて。そんな人聞きの悪いことを。唖然とする僕を置き去り、海月は語り始めた。
「私はそうじゃないと思う。この与えられた時間の中で、どれだけ自分をハッピーに出来るかが、どれだけ全力で生き抜いたかが重要なんじゃないかな。音楽の授業では必須人物となる、作曲家の方々もそう。例えばショパンの享年は三十九、モーツァルトは三十五、私達と同じ日本人の滝廉太郎は、二十三。現在、日本人の平均寿命は八十歳と言われているけど、実際はその保証がある訳でもないの」
海月は深呼吸をし、ストローを咥えてオレンジジュースを吸い込む。そしてまた続けた。
「それに……生は追い求めるものじゃないよ。追いかけるものだよ。追い求めるは望むものを追いかけて探すことを指すけど、“生きる”ってね。もう私達の目の前に転がっているの。探す必要も無いの。けどその代わりに、生きるは逃げていく。それが多分、人間の苦悩や複雑な人間関係、トラブルに変化する」
……いつ、こんなことを考えていたのだろう。学校では居眠りしているだけの君は、いつ。
「でね、重要なのは“生きるを追うか否かは自分次第”ってところ。自殺を選んだり病気などで亡くなったりする人は、生きるを追う力が尽きてしまっただけなの。死ぬ気で追って、追って、追って。とうとう力尽きた、ってだけなの。……まどろっこしくなったけど、私は走るのをやめた訳ではない。そろそろゴールに辿り着くだけなの。一足先に、ね。……あ、お前はまだ立ち止まらないでよ。マラソンでゴールラインを越えるのが嬉しいのは、それまで命を懸けるような想いで走ってきた甲斐があったからでしょう!」
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