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02 母にも、わからない
帰宅したところ、母が台所で煮干しの頭を一心不乱に毟っていた。毟った煮干しをザルへと、ぽいぽい投げ入れていくさまはさながら匠のよう。誠にムダがない。
俺の気配に気がついたのか、首だけをこちらに寄越した。
「おかえり。早かったね」
「ただいま。母ちゃん、なにしてんの?」
「味噌汁のダシにする、煮干しの頭を取ってるところ。手伝ってよ、たまには」
「小魚の頭を取るなんて、めんどくさいこと止めたらいいのに。カツオ節をお茶パックに入れるだけの方が楽だよ?」
「しょうがないじゃない、お父さんが好きなんだから。煮干しのダシの、お味噌汁」
「ふーん」
手を洗って、ザルの中にある煮干しをテキトーにお茶パックに詰めていく。面倒臭いけど、仕方ない。母はこれの三週間分くらいのストックをしておいて、朝夕の食事時に味噌汁を作ってくれる。
「父ちゃんが好きなら、仕方ないなぁ」
「まあね。それより、あんた今日めずらしく帰りが早かったね。いつもなら学校が終わっても、遊びほうけているのにさ」
「うん、ちょっとね。さっさと帰らないと、面倒なことに巻き込まれても困るから」
「面倒なこと?」
母は不思議そうに俺を見た。
「ニュータウンの子がさ、校舎の裏山に誘うんだよ。他にも肝試しっぽい人間を探してた。俺は怖がりだから断ったけど」
母の動きが“裏山”という言葉を聞いた途端に、パッと止まった。
「ちょっと? それ今からでも辞めさせたほうが良くない? その子、携帯電話を持ってるなら電話してあげて」
「番号、知らんもん」
「確か、連絡網があったよね? その子の親にも、言ってあげたほうがいいよ」
「あったかも。て、いうかさ? なんで俺んちだけじゃなくて、他のお年寄りも、あの裏山に神経過敏な訳?」
「うーん……」
母は言い渋りながら、タオルで手を拭いた。それから、こちらに全身を向ける。
「わたしも小さな頃から、周りの年寄りの皆から言われてきたからねえ……」
「なにを?」
「あそこの山はね、たしか。ずっと昔から『持ち主』がいないのよ。と言うか、うーん」
「どういうこと?」
その山は今まで一度も正しく測量されたことがないそうだ。
「今は昔と違って、少しずつ携帯電話を持っている人が増えているじゃない? で、いち早く。最近だったらさ。あそこの山奥に携帯電話の鉄塔を建てようとした会社があるんだけど、それも何回か行ってるんだけど、いまだにないでしょ?」
母は声をひそめて、大手キャリアの名前を挙げる。
「戦前から、ずっと。そうねえ、わたしの爺ちゃん婆ちゃんの子どもの頃には? 嫌いな家族が亡くなったら、そのまま山に棄ててたらしいのよね」
「棄てる? お墓ってこと?」
母は顔をしかめる。それから右手の人差し指を立てて、自分の唇の前に持っていった。
「よくわかんないんだけど。それ以前にも、お葬式を出すほどのお金もない人とか、奉公先で亡くなってしまった人とか。沢山」
「た、沢山」
「あと、宝永? っていう時代に大きな地震があったせいで、飢饉があって」
「ききん? なにそれ」
「ぶっちゃけ農業全滅」
「餓えて死んでしまう人が大勢いたってこと?」
母はうなずき、さらに付け加える。
「その辺りから、お葬式も出せない人が棄てられるのが普通になっていたみたいだよ」
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