44 憧れデート

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「わ、ぁ……」  思わず、声が出ちゃった。最後に、ここに来たのって、いつだっけ。もう覚えてないくらい子どもの頃だった。  出入り口になっているエントランスの風景はほんの少しだけ覚えていた。  そうだ。  こんなふうになってたんだっけ。  入場券を買って、それから、一つゲートを潜って。さぁ、ここから遊ぶぞーって思ったら、まだそこは違っていて。  あれ?  もう一つゲートを潜るの?  って思ったんだ。  そう。  それで、二つ目のゲートをくぐるとそこからが……。 「行ってらっしゃいませ」と満面の笑顔でスタッフに見送られながら、その二つ目のエントランスを潜り抜けると、ぎっしりと花が詰まった花壇が眩しくて、それから来場を祝うように壇上では賑やかな演奏が行われていた。  こんなに華やかだったっけ、って。 「すごいね。やっぱり週末は混んでる」 「あっ、あのっ、すみませんっ」  だよね。こんな場所、できることなら少しでも空いてる平日に来たいよね。そもそも平日にお休みがあるんだもん。  まだパーク内に入っただけ。それぞれが目的のアトラクションがあるんだろう。あっちこっちって、たくさんの人たちが散らばっていく。 「ほら、汰由。こっちにおいで」 「す! すみませんっ」  その人の流れにつられて、歩き出しそうになったところを義信さんの手が引き戻してくれる。 「混みすぎ、ですよねっ、わざわざ今日、来なくても」 「? 汰由のせいで混んでるわけじゃないだろう?」 「でも、義信さんなら」 「? 汰由は平日、勉強があるんだから」 「……」  ある、けど。  でも、やっぱり、失敗――。 「汰由が行きたい場所に行きたい」 「!」  失敗、だったよねって思った。思いそうになった。でも、思わずにいられた。 「汰由が僕と一緒に行きたい場所に行きたい」 「っ」  嬉しく、なった。  だって。  ちょっとだけ、そもそも、デートしたいとか、そんなの思ったことないけど、恋愛なんてできっこないって思ってたし。だから、願望とまではいかないけれど。  でも、「いいなぁ」って思ったことは、ある。  デートで、好きな人とこういうところに来るのって、いいなぁって。  そう思ったことはあって。  それを義信さんと叶えられるなんて、最高で。 「まだ、デートは始まったばかりなんだけどな」 「! す、すみませんっ、時間、もったいないですよね! こんなところで立ち往生して」 「違うよ」 「?」  わ、ぁ……って、今度は胸の内でだけ叫んじゃった。 「まだデートは始まったばかりで、このあと、夜景の見えるレストランも予定されてるのに、今、そんな可愛い顔をされると、夜景もレストランもすっ飛ばしそうになる」 「すっ飛ばしっ……って」  義信さんにしては少し乱暴な言い方に驚くと、その驚いた顔に義信さんが笑った。  だって意外だったんだもの。そんなふうに話すこともあるんだって。 「とりあえず、手を繋ぐ、で今は我慢しておこう」 「へ? あ、あのっ」  手って。 「はぐれたら大変だからね」  こ、ここ、あの、人が、いっぱい。 「だからこうしていないと」  でも、ここ、人がいっぱいいて、俺たちって。 「さて、どこから乗ろうか」  男同士、なのに。 「汰由はジェットコースターみたいなのは大丈夫?」  手、繋いでたら。 「どのくらい並ぶかな。とりあえず、ここから近い場所でなら……」 「あ、あの、えっと、アプリがあるんです。その混雑状況とかわかるアプリが。それ見れば、空いてるところからでも」 「へぇ、そんなのがあるんだ」  あ、れ……? 「はいっ、えっと、今、だと……あ、結構空いてるかも。こっちのアトラクション」 「すごいな。便利だね」  視線、ちっとも感じない。  ほら、今、すぐ隣を男女のカップルが通ったけど。ほらほら、今度は女性だけのグループが通ったけど、誰もこっちを見てない。  男同士で手を繋いでて、何かおかしいって思われることも……なくて。 「は……い……」 「あ、今、汰由、アプリがあるのを知らないなんてって、僕のことおじさんって思った」 「! お、思ってません!」 「本当に? でもすごくじっとこっちを見えるから」 「ち、違いますっ! 義信さんのことおじさんなんて思ったことないです」  ほら、ずっと手を繋いでる。 「でも、まぁ、おじさんだけどね」 「おじさんじゃないですっ、かっこいいし。ハンサムだし」 「そう? ありがとう。でも案外、子でもっぽいと思うけどな」  手、男同士で繋いでるのに、誰もこっちを見てなく、ない? 「見てみたい、です」  少し、拍子抜けしてしまったくらい。 「義信さんの、子どもっぽいところ、見てみたい」 「……」 「です」 「じゃあ、今日一日でたくさん見られると思うよ」  これは普通にデートで。 「すでにもう大はしゃぎだから」  これは、普通に、ただの「恋」だから。  きゃー、って悲鳴が遠く、空の方から聞こえて、その悲鳴がだんだん地上へ近づいてきた、と思ったら、そのまま洞窟の中へと吸い込まれるように消えていった。  そんな様子を眺めるのってこれで何回目だろう。  大人気の絶叫系アトラクションで、今日は梅雨時期には珍しく雨の心配のない快晴で、それで、週末。  乗るまでの待機時間はものすごいことになっていた。 「この前のタイ料理は、ホント美味しかったです! パクチーって初めて食べたけど、思ってた感じと違って。また食べたいって」 「それはよかった。香辛料も平気?」 「あ、どうだろう。母はあんまり得意じゃないみたいで、だから食べたことあんまない、かも」  クネクネと待機の行列が入り組んだ迷路みたいな順路に人がぎゅっと詰めて並んでいる。 「義信さんは好きなんですか? 辛いの」 「なんでも食べるよ。うちは一つでも残すのは許されなかったから。ご飯抜きになるんだ」 「そうなんですか? じゃあ、なんでも」 「食べられる。でもスパイスは好きだよ?」 「そうなんですね」  まだまだかな。順番待ちの列は、まだまだ、まだまだ続いてる。 「じゃあ、今度はどこに連れて行こうかな」 「なんでもいいです。義信さんの行きたいお店、ついてきます 「汰由のほっぺたが落ちちゃいそうなレストランを探しておこうかな」 「ほっぺ……」 「そう、柔らかいおもちみたいなほっぺ」 「!」  順番待ちも楽しいなんて思いもしなかった。  ただの雑談だけれど、ずっとこのまま並んでてもいいかあ、なんて思えちゃうくらいに。  その時、この待機列に並んで、何度目かの悲鳴が頭上で起きて、でも、まだ、順番は当分先で。 「おもちじゃないです!」 「そう? おもちだと思うよ」  でも、いくらでも並んでいられる。だって並んでいる間は義信さんとお話がたくさんできるから。周りのカップルもそうなのかなもちろん家族連れもいるけれど、どこのカップルも楽しそうに笑ってた。  そして、俺たちも手を繋いだまま他愛のない話をして、笑っていた。
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