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慎兄さんの部屋に来てしまった。一軒家の僕の家とは違うお洒落なマンションで、部屋の中もテレビや雑誌で紹介されるみたいにお洒落だ。
(ここに慎兄さんは住んでるんだ)
そう思ったら、無理やり落ち着かせた心臓がまたバクバクし始めた。だって、好きな人の部屋に来たのなんて初めてなんだ。というよりも、すべてが初めてのことばかりでどうしていいのかわからない。
「……何だかいい匂いがする」
香水だろうか。二海兄さんは香水をつけるけど、僕と壱夜兄さんは使わない。たまに壱夜兄さんから香水の匂いがするときは、大抵靜佳の部屋に行ったあとだ。
「ってことは、僕からも慎兄さんの匂いがするかもしれないってこと……?」
そう思ったら顔がぶわっと熱くなった。それじゃまるで恋人みたいじゃないか。壱夜兄さんと靜佳は恋人だからいいとして、僕と慎兄さんはそんなんじゃない。だから、誰かにそんなふうに勘違いされたら大変だと思った。
「慎兄さんだって困る……はず……」
そこまで思って、ふと、美容院にいたときのことを思い出した。
「僕、慎兄さんに好きって、言っちゃった」
絶対に言わないようにと思っていたのに、直接本人に伝えてしまった。慎兄さんは優しいから、告白して混乱している僕を放っておけなくて部屋まで連れて来てくれたんだ。
「……帰らないと」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。それに恥ずかしくて、これ以上慎兄さんの顔を見ることなんてできそうになかった。
「あれ? 慎兄さんに何か言われた気がするけど、何だったっけ……?」
大事なことを言われた気がするけど、頬にキスをされていろいろ吹っ飛んでしまった。
「っていうか、キス、されちゃったよ」
どうしよう、すごく嬉しい。嬉しすぎて、思い出そうとしていたこともどうでもよくなった。
「ここに、キスされたんだ」
右の頬をゆっくり触る。目の下の骨よりさらに下の、ちょっとぷにっとするところに慎兄さんの唇が触れた。それにチュッて音も聞こえた。キスのとき、あんなふうに漫画みたいな音がするんだって初めて知った。
「キス、された」
指で触った頬が熱い。もしかしたら指のほうが熱いのかもしれない。それとも両方熱くなっているんだろうか。
「慎兄さんが、僕にキスした」
口に出したら顔がカァァッとした。心臓がバクバクしてきて背中もゾクゾクしてくる。それに腰の辺りがムズムズしてきて、どうしてかお腹まで熱くなってきた。
「普通、男が男のほっぺたにキスとか、するかな」
ドキドキしながらもそんなことを考えた。最初に浮かんだのは兄さんたちだった。
壱夜兄さんは、する。これは僕が生まれたときからで、いまに始まったことじゃない。二海兄さんは……たまにする。大体は酔っ払っているときで「俺の弟は究極にかわいなぁ!」なんて大声を出しながらする。
二人が僕の頬にキスをするのは父さんの影響だ。父さんは仕事柄、外国人に会うことが多いからか少し日本人離れしている。それに大体がオーバーリアクション気味だった。一日仕事で出かけただけで、一年ぶりの再会みたいにハグをしてキスをする。壱夜兄さんが言うには昔からみたいで、それを小さいときから見て育った兄さんたちも僕にキスするようになった。
「……あれ? でも壱夜兄さんと二海兄さんはキスもハグもしないか」
二人がキスをするのは僕にだけで、二人がしているところは見たことがない。まぁ親兄弟でキスをするのは変じゃないと思し、たぶん外国では普通だ。
それなら幼馴染みはどうだろう。少なくとも靜佳は俺にそんなことはしない。壱夜兄さんにはするけど、あれは恋人だからだ。
「ってことは、親友の弟にキスしたりは普通しないか」
(じゃあ、慎兄さんが僕にしたキスって何だったんだろう)
駄目だ、ますますキスのことが気になってきた。頬に触れたときの感触を思い出すだけで心臓がうるさくなる。体が熱くなってあちこちがぞわぞわした。それにお腹の辺りもぞわぞわして……って、まさか。
「……やばい」
股間をおそるおそる見たら少しだけ膨らんでいた。それってつまり、慎兄さんにキスされたことを思い出して興奮したってことだ。
(ど、どうしよう)
いや、僕の反応は間違っていない。だって僕は慎兄さんが好きだし、異性を好きになるのと同じ意味で好きなんだ。おまけに好きな人の部屋にいるんだから興奮しても変じゃない。
でも、こんな状態だということを慎兄さんに知られるのは駄目だ。絶対に変だと思われる。それに僕みたいな男が慎兄さんの部屋で興奮している姿なんて気味悪がられるはず。
「せめて僕がもう少しかっこよかったらよかったのに」
それなら、かっこいい慎兄さんの隣にいても変じゃないはずだ。もしくは本当にかわいかったら少しは違ったかもしれない。兄さんたちが言うようなかわいいじゃなくて、誰もがかわいいって言うような顔だったらよかったのに。
そう思って俯いていたら「三春くんはかっこいいっていうより、かわいいかな」って声がした。
「し、慎兄さん」
「昔からかわいかったけど、いまもかわいいよ。二十歳過ぎてもこれだけかわいいなんて、もう国宝級じゃないかな」
「こ、くほう、きゅう、」
片言になった僕にニッコリ微笑みかけながら、テーブルにマグカップを置いた。匂いからココアだとわかった「ソファに座ってて」と言ってキッチンに入るとき、飲み物のことは聞かれなかった。でも出てきたのはココアで、もしかして僕が好きなことを知っていたんだろうか。
「こんなかわいい三春くんと両思いになれた俺は、日本一、いや世界一の幸せ者だ」
隣に座った慎兄さんから、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「…………え?」
「だから、三春くんと両思いに」
「待って。りょ、両思い、って、」
思わず言葉を遮るように声を出してしまった。そんな僕に慎兄さんがきょとんとした顔を向けている。
「両思いだよね? だって俺は三春くんが好きだし、三春くんも俺のことが好きだって答えてくれた。ということは、両思いってことだ」
たしかに僕は聞かれるままに好きだと答えた。気づかれないようにしようと思っていたのに、あっさり告白してしまった。
そこまで思い出して、ようやく慎兄さんに「俺も好きだよ」と言われたことを思い出した。その後に頬にキスをされたんだ。
「す、すき、」
「そう。俺は三春くんが好きで、三春くんも俺が好き。ほら、両思いだ」
「違う?」と聞かれて「りょ、両思い、です」と口ごもりながら答える。
「ということは、今日から恋人同士ってことだ」
「こ、こい、びと」
だ、駄目だ。これ以上は僕の心臓がもちそうにない。このままじゃドキドキしすぎて死んでしまう。
「俺たちは恋人になった。だから三春くんは彼氏である俺の部屋に遊びに来た」
「か、かれし」
かれしっていうのは、あの彼氏ってことで……し、死ぬ。ドキドキしすぎて本当に心臓が止まってしまう。
「あはは、三春くんはかわいいなぁ」
「あの、慎兄さん、ちょっと近いっていうか、あの、」
「大丈夫。恋人同士ならこうしてくっつくのは普通だから」
笑いながら慎兄さんがぴたっと体をくっつけてきた。それどころか僕の肩に腕を回してギュッと抱き寄せている。
側にいるだけで死にそうだった僕は、慎兄さんに肩を抱き寄せられてパニックになった。逆にあれほどバクバクしていた心臓は妙に静かだ。もしかしたら驚きすぎて止まってしまったのかもしれない。
「予想のはるか上をいく真っさら具合に罪悪感が芽生えそうだけど」
「慎兄さん……?」
何か囁かれたような気がして、近くにある慎兄さんの顔をチラッと見る。「何でもないよ」ってニコッと笑うかっこいい顔に、慌てて視線を外した。
「さて、俺としてはかわいい恋人が欲求不満なのを解消してあげたいんだけど、いいかな?」
「欲求、不満……?」
どういうことだろう? 慎兄さんがどこかをじっと見ていることに気がついた僕は、視線の先を追いかけた。そこは僕の股間のあたりで……。
「……!」
慌てて両手で隠したけど、時すでに遅しだ。さっきよりもさらに膨らんでいたから絶対に気づかれた。
(どど、どうしよう……!)
告白して恋人になって、初めて部屋に来てすぐにこんなふうになるなんて最悪だ。女の子だったらドン引きだろうし、慎兄さんだってさすがに引いたはず。呆れられたらどうしようと思うと顔を上げることができなかった。
「二十二歳なんてまだまだ若いんだから、こうなるのは普通だよ」
「し、慎兄さん」
「それだけ若いってことだしね。それに俺の側にいるだけでそんなふうになってくれるのは嬉しい限りだ」
本当だろうか。こんな僕は気持ち悪くないだろうか。後悔と恥ずかしさ、それに焦りでいっぱいなのに、視線の先にある僕の股間はさらに膨らんでしまったように見える。
僕は泣きそうだった。こんなみっともない姿を慎兄さんに見られたのは嫌だし、何より恥ずかしくてたまらない。唇をきゅっと噛み締めていると、肩を抱いていた慎兄さんの手に少しだけ力が入ったのがわかった。
「俺が気持ちよくしてあげようか?」
「……っ!?」
耳元で囁かれた言葉にギョッとした。同時に力が抜けてしまった僕の体は、慎兄さんにくにゃっともたれかかっていた。
下半身は素っ裸なのに全然寒くない。もちろん暖房がついているからだろうけど、それだけじゃなかった。
「ん……っ、んっ」
僕の変な声が聞こえるたびに、ヌチュヌチュしたいやらしい音が聞こえてくる。そんな音も目の前の光景も恥ずかしくて両目ともぎゅうっと瞑った。
「真っ赤な顔もかわいいなぁ」
「ん……っ」
そう言って耳にキスされて、また変な声が出てしまった。
僕はいま、下半身がすっぽんぽんのまま床に座っている。床っていってもカーペットが敷いてあるから冷たくはない。それどころか体がカッカして汗が出そうなくらいだ。
そんな僕の後ろには、同じように床に座った慎兄さんがいる。僕を足の間に座らせて、抱き込むようにしながら右手で僕のアレを擦っていた。
「しん、にい、さ、」
「また出そう?」
「だ、め、だっ、……て」
「若いんだし、二回連続で出すくらい普通だよ」
慎兄さんの言葉にブンブンと頭を振った。一回出すとか二回出すとか、そういう問題じゃないんだ。もちろん一回出しているからもうしなくていいってことも言いたかったけど、ヌルヌルした手で先っぽを擦られると気持ちいいのか痛いのかわからなくなるからやめてほしかった。
そう思って何度も「もう、いいから」って言ったのに、慎兄さんは「大丈夫、三春くんはイく姿もかわいいから」と言って手を止めてくれない。
(そんなことで、かわいいって言われても、困る……!)
慎兄さんの右手が、またヌチュヌチュ動き出した。気持ちがいいのと逃げ出したいのとで、どんどんお尻が前にずれていく。そうすると背中を慎兄さんに預けるようなだらしない格好になってしまい、そんなみっともない姿も恥ずかしくてたまらなかった。
「あぁ、タマもまだ元気だ」
「ひゃっ!?」
びっくりして目を開けたら、慎兄さんの左手まで股の間に入っていた。そうして僕のアレの下にある二つの玉をくにくに揉み始めた。
「し、にぃさ、まって、」
「タマも結構濡れてるね。ってことは……うん、こっちも濡れてる」
「ひゃっ!」
玉をくにくにしていた指がお尻に当たって驚いた。そのままお尻の穴を撫でられて「ひっ」なんて情けない声まで出てしまう。
「さわ、たら、だめ、って、にぃ、さ、」
「大丈夫、今日は触るだけだから」
そうじゃない。そんな汚いところを慎兄さんの綺麗な指が触るのが駄目なんだ。かっこいい慎兄さんが僕みたいな男のそんなところを触るなんて、絶対にやめさせないと……!
そう思っているのに、アレをクチュクチュいじられながらお尻をトントンされたら、変な感じがしてきて言葉が出なかった。止めようとした手に力が入らない。
「だめ、に、さん、だめっ、て」
段々お腹の奥が変な感じがしてきた。アレの先っぽがズクズクしてきて、足がビクッて何度も震える。それにお尻もムズムズしてきて、体中がカァッとなって頭までカッカしてきた。
「にぃさ、まって、でちゃう、また、でちゃ、から、」
「うーん、兄さんって呼ばれながらっていうのは、背徳感がすごいっていうか何ていうか」
「まって、も、だめ、でちゃ、ひっ、ひっ」
僕のアレの先っぽがどんどん変になっていく。気持ちいいのか痛いのか本当にわからなくなってきた。やめてほしくて逃げたくて、腰がピンピン跳ねるように動き出した。そのせいでお尻をトントンしていた指が中に入ってしまうような気がして、ますますパニックになる。
「ひっ、ひっ、だめ、でちゃ、から、にいさ、とめて、とめ、ひっ」
「顔もここも真っ赤にして……。二海に今日はしないって返事、送らなければよかった」
「だめ、ねがぃ、とめて、とめ、」
「三春くん、かわいいよ。大丈夫、思い切り気持ちよくなっていいからね」
「ちが、から、とめて、ぉねが、だから、」
「ほら……ぴゅうって出して、三春くん」
「ひっ、ひ……っ!」
先っぽの穴をヌチュヌチュ擦られて、お腹と足にぎゅうっと力が入った。そのまま体と頭がぐわっとして、気がついたらアレから二回目が出ていた。ぴゅって出るたびにきゅってなる玉が当たっているのは……そうだ、慎兄さんの左手だ。その手が僕のお尻をトントンして……違う。お風呂で洗うときみたいに、クルクルしながら……。
(少し、入って、る……)
お尻にもぎゅっと力が入っているからか、少しだけ入ってしまった指が動くのを感じた。
「なん、で……おし、り……」
どうしてお尻なんて触るのか聞きたかったけど、うまく口が動かない。それでも慎兄さんには言いたいことがわかったのか、ちょっとだけ笑ったのがわかった。
「ここに俺のこれを入れるためだよ」
これって言いながら、また僕のアレをヌチュって擦った。それだけで気持ちいいのと痛いのが蘇って、お尻がズルッと少しだけずれる。そうしたら、腰のあたりに何か硬いものが当たっていることに気がついた。
「全部初めてなんだろうなぁって想像するだけで……あー、やばい。どうしてくれよう。最初から飛ばすわけにはいかないしな」
「んっ、も……こすん、ないで……」
べちゃべちゃになった僕のアレを、慎兄さんはまだヌチュヌチュいじっている。これ以上されたら頭が変になると思って、両手で慎兄さんの手を止めようと掴んだ。それなのに慎兄さんの手は止まってくれなくて、僕の手と一緒にヌチュヌチュ動き続けた。
「……自分でいじらせるのとおもちゃ使わせるのはアリか。いや、自慰のあと強請らせるほうが……」
駄目だ。慎兄さんの声が段々遠くなっていく。もともと自分でもそんなにしないのに、二回連続なんて無茶だったんだ。ずっと緊張していたこともあって、急に眠くなってきた。
(でも、気持ちよかったなぁ)
アレをたくさんいじるとこんなに気持ちいいなんて初めて知った。……そっか、大好きな慎兄さんがいじってくれたからだ。慎兄さんと恋人になれたことが嬉しくて、いつもより気持ちよかったのかもしれない。
(……そうだ、慎兄さんと僕、恋人になったんだ)
そう思ったら体の奥がじんわりしてきた。同じくらいアレもまた熱くなってくる。遠くで「ぁん」って声が聞こえた気がしたけど……もしかしなくても、いまのは僕の声だったんだろうか。「そんな声、恥ずかしすぎる」と思いながら、どんどん意識が遠のいていった。
・
・
「本当にやってねぇんだろうな」
「だから、やってないって昨夜もメッセージ送っただろ」
「下半身においておまえはまったく信用できない」
「失礼な奴だな。三春くんに関して俺は賢者タイムにならなくても賢者になれる男だよ」
帰宅してから慎兄さんと二海兄さんがずっと言い合いをしている。よくわからないけど、たぶん僕が慎兄さんの部屋に泊まったせいだ。
(ちゃんとメッセージ送ったのに)
昨日、僕は慎兄さんと恋人になった。部屋に行って話をして、それから兄さんたちには報告できないことをした。
(あれは……すごく気持ちよかった)
自分ですることはあったけど、あんなに気持ちがよかったのは初めてだ。気持ちがよすぎた僕はそのままぐっすり眠ってしまい、目が覚めたら夜中の十二時前だった。びっくりして「これから帰る」ってメッセージを壱夜兄さんに送ったんだけど、「もう遅いから泊まっておいで」と返事が来たから泊まることにした。
それなのに、お昼過ぎに帰宅したら二海兄さんが怖い顔をして待ち構えていた。そうして車で送ってくれた慎兄さんに「おい」って声をかけて、それから「やったのか」「やってない」という言い合いをずっとくり返している。
(壱夜兄さん、二海兄さんに言ってなかったのかな)
そうだったとしても、二海兄さんは少し怒りすぎだ。それに慎兄さんと恋人になったってちゃんと話したのに、部屋に泊まったくらいでそんなに怒らなくてもいいと思う。
(そういえば、前にもこんなふうに言い合いしてたことがあったっけ)
随分前だけど、一度だけ言い争っている二人を見たことがある。あのときは「まだ小学生だぞ」と二海兄さんが怒っていて、それに慎兄さんが「手を出すわけないだろ」と言い返していた。それから少しして、赤い色が混じった髪の慎兄さんに会った。
そんなことを思い出していたら、急に二海兄さんが僕を睨みつけるように振り返った。
「三春、尻は痛くないんだな?」
「え? お尻? 別に痛くなんてないけど……」
正直に答えたら、二海兄さんがまた慎兄さんをギロッと睨む。
「ったく、兄貴といい三春といい、ろくでもない男を引き寄せやがって」
「俺と靜佳を一緒にしないでほしいな」
「一緒だろ」
「靜佳は、我慢できなくなって高校に入ってすぐ壱夜さんを襲うようなけだものだろ」
「キスだけだけどな」
「俺は昨日までキスすらしていないんだ。俺のほうがまともじゃないか」
「どの口が言いやがる。ランドセル背負った子どもに欲情した段階でアウトだ」
「欲情じゃない、好きになっただけだ。誰に恋をするのかは俺の自由だろ?」
「わかったわかった、好きになるのに年齢なんて関係ないって話だろ。ったく、そういうところまで靜佳と一緒だな。はいはい、手を出さなかったことだけは褒めてやる」
「おまえに褒められるなんて気持ち悪い」
「なんだとコラ」
いつもよりずっと低い二海兄さんの声にビクッとしたのは僕だけで、慎兄さんはニコッと笑っている。
(これって、ケンカなのかな)
二人は親友だからケンカすることもあるんだろうけど、僕にはケンカするような友達がいないから本当はどうなのかよくわからない。そんなことを思いながら二人を見ていたら、二海兄さんが「三春、本当にこいつでいいのか?」って言いながら僕を見た。
「え? なにが?」
「彼氏だよ。本当にこいつが彼氏でいいのかって聞いてんだ」
二海兄さんの言葉に、顔がカァァと真っ赤になるのがわかった。
「かか、か、彼氏……」
「彼氏じゃないのか?」
「か、彼氏だよ!」
まだ口にするのは恥ずかしいけど、慎兄さんと僕は両思いになったから彼氏で間違いない。
「僕はずっと慎兄さんが好きだったし、慎兄さんも、その、僕のこと好きだって言ってくれたんだ。だから、か、彼氏だし」
「……はぁぁ。こんな三春を慎太郎にって考えるだけで頭が痛くなる」
「三春くんをこんなふうに育てたのは二海たちだろう? 大事にしすぎた結果だ。まぁ、おかげで俺は三春くんのいろいろな初めてをもらうことができるわけだけど」
「そういうとこだよ!」
二海兄さんが慎兄さんの後頭部をベシッと叩いた。叩かれたところを撫でながら、慎兄さんが「そういう意味では感謝してる」と言いながら笑っている。それをまたギロッと睨んだ二海兄さんも、最後は呆れたように少しだけ笑った。
「ま、三春が幸せなら俺はそれでいいけどな。三春、兄貴と親父にもちゃんと話しておけよ」
「うん、わかってる」
普通の家なら、男の僕に男の恋人ができたなんて話したらきっと驚かれるだろう。でも、壱夜兄さんと父さんなら大丈夫だと確信していた。
壱夜兄さんと靜佳は、もう十年くらい付き合っている。昔から男同士ということを気にしていないみたいだし、僕たち家族は全員応援してきた。それに壱夜兄さんも靜佳も自分たちのことを恥ずかしいとは思っていない。たまにケンカしたりはするみたいだけど、そういうところも全部ひっくるめて二人は素敵なカップルだと思っている。
そんな壱夜兄さんなら反対しないだろうし、二人を見守ってきた父さんだって応援してくれるはずだ。
「兄貴は絶対零度になって、親父は泣くだろうなぁ」
「え? 絶対零度?」
「そ。兄貴、三春のこと娘みたいに思ってるからなぁ。それに親父も『三春まで嫁に行くなんて』って絶対に泣くぞ」
「そ、それはどうだろ」
僕は男だし嫁に行くわけじゃない。さすがにそんなことはないんじゃないかなと思ったけど、そういえば壱夜兄さんが靜佳と付き合うことになったとき、突然帰国した父さんがしばらくどんよりしていたのを思い出した。
「親父、兄貴のときも『嫁に行くのはまだ早い』とか何とか言ってたしなぁ」
「だから、僕はお嫁に行くわけじゃないってば」
二海兄さんにはそう言ったけど、ちょっとだけ「お嫁に行く」ってことを想像した。……うん、悪くない気がする。
(って、僕は何を考えてるんだ!)
慌ててブンブンと頭を振ると、慎兄さんから「はぁ、かわいい」と頭を撫でられた。その手をペシッと叩いた二海兄さんは「かわいいのは当然だ」なんて言っている。よくわからないけど、二人はやっぱり仲がいい親友なんだなと思った。
こうして僕は、小さいときからずっと好きだった慎兄さんと恋人になった。しばらくは夢なんじゃないかなと思っていたけど、何度も部屋に行ったりデートしたりするうちにようやく実感できるようになった。
それとは別に、いまでも僕みたいな男がかっこいい慎兄さんの隣にいてもいいのか悩むことがある。そのたびに慎兄さんが「三春くんは世界遺産級にかわいいよ」と言ってくれるからか、最近は悩むことも少なくなってきた。
世界遺産級っていうのがどういうことかはわからないけど、二人で歩いていても指をさされたりしないことにはホッとした。「あんなもっさりした田舎男と、あんなにかっこいい人が何で一緒に歩いているの?」なんて言われたら慎兄さんに申し訳ないと思っていたから、最初はずっとビクビクしていたような気がする。
代わりに、たまに「きゃあ!」っていう声が聞こえることがあるけど、その声の意味はわからないままだ。
「三春くん、そろそろ泊まれそう?」
「うーん……」
恋人になったその日に急に外出したからか、あの日以来僕は慎兄さんの部屋に泊まっていない。理由は壱夜兄さんから許可がもらえないからだ。
壱夜兄さんは僕が慎兄さんに迷惑をかけるんじゃないかと心配しているに違いない。少し前の僕だったら同じことを考えたと思う。でも、僕はもう以前の僕じゃない。僕だって少しずつ成長しているんだ。
慎兄さんと恋人になって、いろんなことにチャレンジするようになった。最初にやり始めたのは慎兄さんの部屋の掃除だった。慎兄さんが外で働いているのに何もせずに部屋でぼんやり待っているなんてことはできない。いきなり完璧にはできないけど、それでも何もしないよりはマシだと思って掃除機をかけることから始めた。いまでは洗濯もできるようになった。
それに買い物もするし、安売りしているものを探したりポイントを貯めることも忘れなくなった。たまに知らない人に声をかけられることがあるけど、ちゃんと断ることだってできる。
(そもそも、断れなかったのは幼稚園のときの話だし)
それなのに、兄さんたちは僕があのときのままだと思い込んでいるような気がする。でも、僕ももう二十二歳だ。たとえ腕を掴まれたとしても振りほどけばいいし、それが駄目なら声を上げればいい。何もできない子どもでもか弱い女の子でもないのに、兄さんたちはちょっと心配しすぎだ。
それに物覚えが悪い僕にも家事はできそうなんだ。掃除も片付けもちょっとしたポイントみたいなのがあって、それがわかれば短い時間でいろいろできる。いまでは慎兄さんに「上手になった」って褒められるくらいだ。
(あとは料理なんだけど、これが思ってたより難しいんだよなぁ)
自分でやってみて、初めて壱夜兄さんがどれだけすごいか身に染みてわかった。それに慎兄さんも料理上手で、もしかして料理ができるのが普通なんだろうかと少し落ち込んだりもした。
そんな僕だけど、いま慎兄さんに少しずつ料理を習っている。といっても慎兄さんは忙しいから、時間があるときに一緒に作りながら覚えている状態だ。でも、おかげでいくつか一人で作れるようになった。
この前は、教えてもらったフレンチトーストを家で作ってみた。ちょっと甘すぎたけど、ふわふわでいい感じにできたと思う。二海兄さんは「おぉ、うまい!」って言ってくれたし、壱夜兄さんも「おいしいよ」って褒めてくれた。
二人は僕に甘いから、褒められても話半分で聞いておいたほうがいいことはわかっている。でも、褒められるのはやっぱり嬉しい。これからも慎兄さんにいろいろ教えてもらって、もっといろんな料理を振る舞いたいと思った。
(それなのに、壱夜兄さんがなぁ)
いつもは優しい壱夜兄さんなのに、慎兄さんの話になると少しだけ機嫌が悪くなる。かといって僕と慎兄さんが付き合うことに反対しているわけでもない。それどころか「よかったね」と言って喜んでくれたのに、どうしてか泊まることだけは許可してくれないんだ。
(そういえば、靜佳が「難しい年頃なんだよ」とか言ってたっけ)
何を言いたかったのかはわからないけど、たしかに壱夜兄さんにはちょっと頑固なところがある。普段が優しすぎるくらい優しいから忘れがちだけど、今回は久しぶりに頑固な壱夜兄さんが出ている気がした。
だからって、このまま慎兄さんの部屋に泊まれないのは嫌だ。だって、恋人ができたら部屋を行き来したり泊まったりするのが夢だったんだ。それに壱夜兄さんも二海兄さんも恋人の部屋に泊まっているのに、僕だけ駄目だなんて納得できない。
「ちょっと聞いてみる」
慎兄さんが「がんばって」と言いながらニコッと笑った。その笑顔だけで胸がきゅんとする。そこそこ見慣れてきたはずなのに、笑顔だけで心臓が止まりそうになるのは何でだろう。
もし部屋に泊まったら、こんな顔を寝る直前まで見られるってことだ。もしかして一緒に寝ることになるかもしれない。想像するだけで心臓が止まりそうだった。
じつはこの前、慎兄さんとお揃いのパジャマを買った。僕専用の枕も買った。早く使いたいなぁなんて思っていたのに、いざ泊まるかもと思ったらめちゃくちゃ緊張してくる。
「どうかした?」
「な、なんでもない。ええと、メッセージ、送ってみる」
「許可出るといいね」
「……うん」
笑顔にドキドキして慌ててスマホを見たら「待ち遠しいなぁ」という慎兄さんの声が聞こえた。
(僕だって、本当は待ち遠しいんだ)
だって、泊まれば夜も次の日の朝も慎兄さんと一緒にいられる。そんなすごいことができるなんて、世界一周の旅が当たるよりもずっとすごい。
(でも、緊張しすぎて眠れなくなりそうな気もする)
それとも修学旅行のときみたいにワクワクするだろうか。想像するだけでドキドキワクワクしてきた。
一文字ずつ念を込めながら“今夜、慎兄さんのところに泊まりたいです”とメッセージを打ち込む。そして「どうか許可が出ますように」と祈りながら送信ボタンを押した。
「許してくれるかなぁ」
「許してくれるといいね」
そう言って隣に座った慎兄さんの腕に、ほんの少し自分の腕をくっつけながらこくりと頷いた。
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