外来種

4/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 視線の先にあったのは茶色くて丸みを帯びた、なんだかモフモフしたものだった。咄嗟に私は身構えた。それが子熊のように見えたからだ。  子熊は好奇心旺盛で、人の存在に気が付くとこちらに寄ってくる事がある。そのこと自体危険な事なのだが、実はもっと危険な事がある。それが母熊の存在だ。子を持つ母熊程恐ろしい存在はいない。何しろ子熊の近くにいるというだけで相手が何であれ有無を言わさず襲い掛かってくるからだ。  私は視線を逸らさないようにしながらゆっくりとしゃがみ込み、足元の小石を拾い上げた。この緊急事態に咄嗟に浮かんだのは、まさみさんを守ることだったからだ。まさみさんは華奢で、お世辞にも体育会系とは言えない。でも私は少なくとも水泳で鍛えている。いざとなったら熊に小石を投げてこちらに注意を向けさせまさみさんだけでも逃げられるようにと。  後になって冷静に考えればそれは余りにも無謀な発想だった。熊はあの巨体を持ちながら時速六十キロで向かってくる。私はおろか短距離の世界記録保持者であっても逃げ切ることなど出来やしないのだ。それでも私はまさみさんの無事を確保することしかその時は浮かばなかった。  モフモフがゆっくりと振り向いた。  熊か?猪か?いずれにしても人間がソレから逃げ切るなんてことは不可能だ。固唾を飲んで私はソレを凝視した。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!