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マウント合戦の勝利者は
我が国アッパーレが隣国の侵攻を退けて、5年に渡る戦争に勝利したらしい。
その一報をジョアンナに届けたのは、隊の責任者でも戦っていた騎士でもなく、同僚の寝取り女メルルだった。
「昨夜ね、ソリュージュ様に教えて貰ったのよ」
うふふ、といやらしい含み笑いを零しながら。
メルルは子爵家の五女で23にもなる立派な行き遅れ。戦地に来たのも仕事というより嫁ぎ先を見つける為だった。
継ぐ家もない。持参金も怪しい貧乏領地。本人自身すらお世辞にも美人とは言い難いとなれば、貰い手は難しくなる。
金持ち令嬢がひしめく王都では勝ち目がない。
そう考えたメルルは、この戦地で大物を釣り上げることに成功した。
しかも、まあまあ可愛い侯爵家の令嬢から寝取ったのだから優越感が半端ない。
「そう。じゃあこの地ともお別れね」
しんみりと呟くジョアンナにメルルの優越感は益々肥大した。
ええ、ええ、お別れなのよ。
貴女が王都から逃げた理由を知ってるわ。有名だもの。大輪のバラのような姉と可憐な妖精姫の妹に、婚約者を奪われた地味女。
ここに来て初めて間近で見た時はどこが地味なの?!って思ったけれど、私が寝取れるくらいだもの。男からすれば女性としての魅力がないってことよね。
メルルは酔っていた。
高位令嬢に勝った自分に。選ばれた自分に。
冗長する優越感が止まらない。
ダルんダルんに緩む頬を自覚した。
私はここに来て正解だったけど、貴女はここでも失敗した。3度目にもなれば恥ずかしくてしょうがないわよね?
小汚い平民の傭兵に粉かけるほど落ちぶれれば、どの面下げて帰ればいいのか分からなくもないわ。
うふふ、ふふふふ、あはは、あーはっはっ。
あら、何よその目は。負け犬のくせに。
「全部口に出てましてよ」
「へ?!」
「節操なしのケチケチゲス男のことはどうでもいいし要らないけれど、私やタロウを蔑んだことは忘れないわ。王都に帰還したらお覚悟はよろしくて? 子爵家風情がホーリー侯爵家に喧嘩を売った代償は激高よ」
「な、なによ! 身内にも捨てられたくせに!」
高位令嬢らしく下位貴族の無礼を切って捨てられ怯んだけれど、メルルにはまだ優越感が残っていた。辺鄙な地で狂ってしまった優越感が。
ジョアンナは表面だけを鵜呑みにして、自分の置かれた立場を察せないメルルに容赦しなかった。
「捨てられてなどないわ。それにソリュージュは私から捨てたのよ」
「強がりだわ!」
「そう思いたければ思いなさいな」
「なんて傲慢な……そんな性格だから男が逃げるのよ!」
ピキッと淑女の仮面にヒビが入る。
つい先日、似たような事をタロウから言われ足が出たジョアンナは、離れた位置にいるメルルに渾身の一撃をお見舞いした。
「残念だったわね。貴女が寝取った節操なしは私に復縁どころか求婚までしてきたの。こんなものまで頂いちゃって……悪いわね」
懐から取り出した懐中時計を見せびらかす。
ちょっと距離はあるけれど公爵家の家紋が分かるはず。男性から女性への家紋入りの贈り物は求愛に欠かせないアイテム。貴族なら……常識よね?
ジョアンナの笑みにメルルは崩れ落ちた。
手段は違ってもこちらもいつかの再現だ。
ソリュージュの求婚を受け入れた風に振る舞ったけど、当然ジョアンナは貰うつもりも受けるつもりもなかった。
無理やり押し付けてきたから手にしただけで、いつ突き返そうか思案してる所だったのだ。
役に立ったから穏便に返そう。
たぶん……そう出来たなら。
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