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下僕か奴隷が妥当
石造りの広大で豪華な屋敷、ホーリー邸。
タロウにとったら堅牢で強固な要塞である。
王都随一の景観と噂のホーリー邸の庭園。
タロウにとったら死へと誘う巨大な迷路。
傭兵時代の半畳一間な天幕からグレードアップし過ぎた部屋のソファ、お尻に大変優しいソフトタッチのソファで頭を抱えるタロウは、げっそりとやつれ憔悴していた。
「もう諦めたらいかがかしら」
淹れたての香り豊かな紅茶を優雅に飲み干すジョアンナは、脱走を図ること数十回のタロウにやんわりと助言する。
ちなみに今回は庭園で遭難3日目のところを捕獲、げふん、救助したばかりだった。
庭師を総動員してタロウの行手を阻み、引き返す道の先も草木で固め、前後左右を完璧な自然の牢屋にされ恐慌状態に陥ったタロウを二晩放置してから、だけど。
タロウの考えなどお見通し、ではなく、男を極度に信用しないジョアンナが、屋敷中の使用人及び護衛にタロウの監視をさせていることを、本人だけが知らずにいる。
「なんでここまで俺に執着するんだ」
「手にした獲物……いえ、婚約者を大事にしてるだけだわ」
「本音が漏れてるぞ」
後付けな嘘塗れの方便など信じるか。
ソリュージュとの婚姻の可能性を潰す為の婚約なのは知っている。
高位貴族である父親が、何の身分もない俺をすんなり受け入れたのはその場凌ぎに過ぎず、役目が終われば解放されると思っていたのだ。
そのソリュージュは戦地の戯れが身を結び、求婚の証を持っていた子爵家の五女と婚姻したと聞いている。
はっきり言ってなぜまだ婚約者なのか意味が分からない。
「疑問に答えてあげるわ。その代わり、聞いたからにはこれ以上の脱走は許さなくてよ」
ジョアンナは背筋を伸ばして語り出す。
戦地に行くことになった経緯、タロウの知らなかったジョアンナの隠された過去を。
「ということですの。だから当分の間は私の婚約者として振る舞いなさい」
ビシッと言われ、タロウは鼻で嗤った。
なんだこの女、浮気されただけじゃなく2度も男に心変わりされていたのか。
しかも相手は実の姉妹ときたもんだ。
そりゃ3度目ともなれば、婚約破棄だか解消だか知らないけれど、流石に正式な婚約をすぐ取りやめることは出来ないだろう。
醜聞につぐ醜聞は貴族女性にとったら致命的。
すでに傷塗れのジョアンナは、何がなんでもタロウと婚約を継続するしかないのだ。
ははは。なんだなんだなーんだ。
傲慢なイカれ女だと思っていたけれど、そうなるのも頷けるほど酷い目に合っているジョアンナに、タロウは笑いが止まらない。
高飛車な命令は傷を隠す為の武装。
まるで弱いくせによく吠える犬と同じ。
これ以上傷付きたくないって強がる姿は、国に居場所のなかったタロウよりも憐れに見えた。
可愛いところもあるじゃないか。
婚約者というより下僕か奴隷のような扱いだが、まあいいだろう。
可哀想な人間に手を差し伸べるのは、王を目指していたタロウの自尊心をくすぐった。
弱者を庇護する覇者。
うん、悪くない。
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