負け犬が負け犬に出会った日

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負け犬が負け犬に出会った日

ジョアンナは戦場に設置された簡素な野営を飛び出していた。 3度の裏切りはソリュージュの不貞という最悪な一撃により、ジョアンナの細くて拙い希望や期待を粉砕するには充分だったのだ。 男なんて男なんて男なんてクソ喰らえ!! 令嬢らしからぬ罵りは戦場に身を置くことで自然と学んでいた。 騎士の中には平民だっている。 貴族的な上品で遠回しな嫌味など今のジョアンナには物足りない。 積もり積もった男への恨みは正直な気持ちとして真っ直ぐに口から溢れ出る。 本人達に向かわないだけで。 「おい」 苛々と足早に歩くジョアンナは忘れていた。 ここが危険な場所ということも、令嬢たる女が1人出歩くには夜も更けたことにも。 「おい」 そして、この場を彷徨う若い女は、幾ばくかの金の為に身体を差し出す娼婦だけだと言うことにも。 「おいそこのお前、いくらだ」 「はい?」 乱暴に肩を掴まれてジョアンナは眉を顰めた。 振り返った先にいたのは小汚いナリの男。 騎士というよりも傭兵。 身を守る防具を一切身に付けていない。 「なにか?」 家を出ても職業婦人として働く上位貴族の女。 戦地での待遇も下位貴族や平民とは違う。 ジョアンナの相手は傷病兵と言えど有力貴族の子息ばかりで、下っ端の傭兵とは遠目で見る程度の付き合いしかなかった。 触れられた肩に悪寒が走る。 差別からじゃなく、嫌悪と憎悪の対象である男が触ったことにショックを受けたのだ。 しかし怯えを悟られる愚は犯さない。 長年に渡り染み付いた淑女としての仮面が体良く効果を発揮してくれた。 「だから言い値で買うって言ってんだよ」 男は下品な笑いを零す。 開いた口から茶色く濁った歯が見えた。 潔く意味を理解したジョアンナはソリュージュの件もあり、激しい拒絶反応で男を突き飛ばす。 口を聞くのも汚らわしい。 視界に映るのも嫌だった。 慌てて逃げ出すも男はそんなジョアンナの態度に激高し、追いかけて来る。 捕まったら最後。 絡れそうな足を必死で動かすも、男の体力に貴族の娘が敵うわけがない。 あっさり捕まり、男の天幕へと引きずり込まれそうになった時だった。 「その女は俺と先約があるから離すんだ」 思わぬ横槍に助けられる。 ジョアンナを掴んでいた男は渋々手を離すが、納得した感じではない。 「どうする? あいつが嫌ならこのまま俺の天幕に来た方がいいけど?」 小さな耳打ち。 嫌悪する男の提案にジョアンナは躊躇した。 あちらも最悪だがこちらも男に変わりない。 しかも先約とまで言っていた。 助けたと見せかけて手篭めにする気じゃないだろうか。 ジョアンナの男に対する信用度は地に落ちている。しかし状況が状況だ。どちらも嫌ならよりマシな方を選ぶしかない。 ジョアンナは男を見比べた。 身なりは一緒。 つまり傭兵同士。 最初の傭兵は父よりも年齢が高そうで、後者の傭兵はソリュージュと変わらないだろう。 年齢で選んだわけじゃない。 後者の男の歯が白かったことが決定打となったのだ。 「狭いが一晩過ごすだけだから我慢して欲しい」 薄布を引いただけの寝床に誘われて、ジョアンナはやはりと覚悟した。 「そう固くなるな。何もしない。あんたは娼婦じゃないんだろう」 驚いたのは一瞬だ。 男を信用しないジョアンナは、そう言われてもどう受け取っていいのか分からなかった。 「俺はタロウ。あんたは?」 「………」 「あっそ。無視かよ。助けるんじゃなかった」 無言のジョアンナに気を悪くしたのか、タロウは態度にも言葉にも嫌そうな気配を隠さない。 「……ジョアンナよ」 お礼は言わなかった。 名前を教えたのは礼儀としてで、タロウが不埒な真似をしないとは言い切れない。 「貴族っぽい名前だな。さてジョアンナ、あんたは俺に何をしてくれる?」 ああ、ほら。やっぱりね。 あっさり助けた対価を強請るあたり、本当に男はロクなもんじゃないと確信した。
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