逆手にとって利用しよう

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逆手にとって利用しよう

「ジョアンナ、ちょっといいか」 騎士とは名ばかりの、でっぷり肥えたボンボン子息の治療を終えた後、来ると思っていた人物が救護室の前で声をかけてきた。 「なんでしょう、上官殿」 一定の距離を保ち慇懃に返すジョアンナは、相手の口元が引き攣るのを目にする。 「……えらく他人行儀だな」 「ええ、他人ですもの」 「酷いなぁ、俺とジョアンナの仲だろ」 「仲……? ああ、そうですね。上官殿は隊の長で私は医療班の一職員に過ぎません。なので所属は違えど階級的に上司と部下の関係になると思われます。ジョアンナではなくホーリーと家名でお呼び下さいませ」 躊躇なく笑って言えばソリュージュもとい、上官殿は苛立たしげに舌打ちをした。 公爵家の三男ともあろう方がなんと俗っぽい。 こんな男に一時期でも惚れていたなんて末代までの恥だ。 「いい加減にしろ」 「あら、どういう意味でしょう。間違ったことは申しておりませんが」 「ジョアンナ!」 嫌だわ上官殿ったら。 人の真っ当な意見を無視するだけじゃなく、事実の指摘に怒鳴るとは情けない。貴族のくせに腹芸の一つもお出来にならないのは頭より下半身で考えるからなの? ジョアンナは平然とした顔を繕い、脳内で同僚の女性と激しく乳繰り合っていたことを思い出す。 王都のように防音効果の優れた部屋など戦場にはない。自分の部屋ならまだしもジョアンナの同僚の部屋で致していたのだ。見なくても隣接した室内の様子は丸聞こえ。とんだ性癖……ごほんっ、悪趣味をお持ちとは知りませんでした。ああ、鳥肌が凄いわね。 「なぁ、悪かったよ。機嫌を直してくれ」 「は?」 「浮気したこと……怒ってるんだよな」 怒る……? 何を言ってるのかしらこの節操なしの変態ヤロウ……いえ、上官殿は。 「だからと言ってやり返すのは良くないぞ」 「やり返す……?」 「そうだ。最近は戦況も落ち着き暇なんだろうが、あんなどこの馬の骨とも知れない傭兵を当て馬にするのは頂けないな」 「……お言葉ですが上官殿。その馬の骨という傭兵は当て馬ではございません」 「異国人だが俺に似た上背に年齢なんて明らかに俺に対する当て擦りだろう」 ほぅ……なるほどね。 節操なしの変態ヤロウと思いきや、妄想癖まであるとは驚きですわ。 でもその残念な思考に私を巻き込むのを辞めて欲しい。迷惑ですから。 「上官殿……言っておきますが貴方と私は終わったのですよ」 「おいおい、何をふざけたことを。騎士に慰めは必要悪じゃないか。現に戦場では娼婦がいる。需要と供給が取れてるんだ。目くじら立てることじゃない」 まあどうしましょう。 貼り付けていた仮面が脱げそうだわ。 謝罪から反転、開き直りとは恐れ入る。 それに節操なしの変態……こほん、もうキリがないから上官殿でいいとしても、事実を曲げるのは良くないと思うのよ。 貴方は娼婦を買ったんじゃない。 金すら惜しんで近場で欲を発散させたケチくさい男なの。しかも私の同僚ときた。配慮も皆無なゲスの中のゲス。 そこのところ理解してます? と言っても、根本から間違っているのでここはひとまず事実のみを伝えましょうか。 「ふざけているのはどちらかしら? 私の同僚メルルに愛を囁いていましたよね。もう一発もう一発と何度も果敢に挑みながら。あんなに口でも身体でもメルルを求めていたんですもの。慰めない私など不要でしょう?」 「ちがっ、あれは気分を上げるために…っ!」 「上官殿の気持ちなどもうどうでもいいのです。だって私には新しい恋人がいますもの」 当て馬ではない。 当て擦りでもない。 嘘もついていない。 何をしてくれる? と聞かれたので答えたまでだ。
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